[携帯モード] [URL送信]
武州だよ四人集合!!



ミルキーはママの味。

激辛カレーは姉の味。

ルーの焦茶は、復讐の色。






姉は美しく、病弱な、儚い人だった。

然し胃腸はすこぶる頑丈な人だった。







物心付いた頃には、両親は居なくて、

姉が親代わりになって、俺を育ててくれた。

優しく、美しく、自慢の姉。

体が弱いのに、合間をみては小まめに働き、家は何時も綺麗に掃き清められていて、夜具も着物も何時も清潔で、絶えず、四季折々の趣ある野草や草木を上品にあしらったものを活けていて。

簡素ながらも、いつも美味しい食事を朝に夕に準備していてくれる。


「おいしい?そーちゃん。」

「はい。あねうえ。」

とってもおいしいです。


「いっぱい食べて、元気に大きくなってね。」


近藤さんの道場で、一日中暴れ回って、お腹ペコペコで帰る俺に、何時も姉は出来立ての夕食と共に出迎えてくれて。

おかわりする俺の頭を撫でて、炊きたてご飯をよそってくれた。

その笑顔が見たくって、

何度もお代わりする日もあった。


し過ぎて腹が張って、眠れなくなる日もままあったが。


姉の膳の傍には何時も、真っ赤な粉が一杯入った、真っ赤な蓋の大瓶が置かれていた。







ある日、何時ものように、道場から家に戻ると、

今まで嗅いだ事の無い匂いが、家中充満していた。


用意してあった洗い桶で、手早く足を拭いて、匂いの元、台所へと急ぐ。


「あねうえ、ただいまもどりました。」

「おかえりなさい、そーちゃん。」


そう答える姉の前には、大鍋が火にかかっている。

ぐつぐつぐつぐつ。

姉は様子を見ながら、時折お玉で鍋の中をかき混ぜている。


「あねうえ、これはなんですか?」

カレーって言うのよ。

江戸から来たお客様から習ったの。


心なしか、楽しそうに姉は答えた。

「そーちゃん。」

「はい?」

この料理はね。辛ければ辛いほど美味しいんですって。素敵な料理ね。


夢見るような、姉の口振り。

俺も何だか、ワクワクしてきた。







出来上がった「カレー」は、焦げ茶色の餡がかかった田舎煮のようだった。

大皿にご飯をよそって、その上にカレーをかける。

匙と、氷の入ったコップの水を添えて。

この日の夕食の支度は出来上がった。





いただきます。




二人一緒に手を合わせて、合掌する。


「初めて作ってみたから、先に私が味見するわね。」



二口三口、カレーを口に運ぶ姉。


嚥下した彼女は、

向日葵の用な笑みを俺に向けてきた。





それを見て、俺も急いで、匙ですくってカレーを頬張る。



刺激的な、初めて味わう香辛料の味と香り。

食欲をそそるこの味と香りは…と。


あれ。ありゃりゃ。




俺は口から火を噴いた。








頭に顔に血が昇る。

つか熱い、んにゃ痛い痛い舌が頭が殴られたようだ鼻血でるううがああひい。

汗が涙が涎が鼻水が止まらない止まらない唾飲み込めない目が回るふみゃあ〜。

水を飲んだら、更に刺激は倍増したうわうわうわああああ。


「あ゛ね゛う゛え゛、こ゛れ゛…」

半分残った皿を前に押し出し、ぐちょぐちょになった顔を姉に向けると、




「そーちゃん、お代わり?嬉しいわ。」


いっぱい食べて、元気に大きくなってね。





はひ…。




頭を撫でられ、

大皿に、更にてんこ盛りになったカレーが、目の前に差し出される。

大好きな姉の、極上の笑顔と共に。


その頭に角が見えたのは、

多分、朦朧としてきた意識のせいだろう。









結局その後またお代わりして、

何とか姉に、いただきましたの挨拶をしたまでは憶えているが。

気が付いたら、布団の中だった。


つか、猛烈な腹痛で目が覚めた。


なんだこれ。

さつじんてきなこの痛みは。


腹ん中で関ヶ原の戦いが繰り広げられてんのコレ。


違うサーキットだF1だセナが冥界から舞い戻ってきたカールもベンも走ってるよコレ。


つか便意だよやばいやばい間に合わない〜!!


その後は、

いっそのこと厠の住民になれってくらいに、布団と便器を往復した。


しかし腹下しは治まらない。


涙も鼻水も涎も治まらない。


追加の落とし紙を抱き抱え。

上から下から出て来るカールやベンやセナを出すがままにするしかなかった。








漸く下痢は治まったようだけど。


なんだこれ。

なんかへんだ。

糞は出し尽くした筈なのに、何かまだ挟まってる気がする。

風呂の湯が残っていたので、下駄を履き、五衛門風呂に浸かってしゃがんで、恐る恐る指先を尻の穴に伸ばしてみる。

ヒリヒリとした痺れは未だ続いていて、涙は止まっていなかったが、


更に新たに泣きたい事が増えた気分だった。




段々と、違和感を増す尻の穴を感じながら、


腫れの引かない瞼や唇や舌をもて余し、


風呂から上がって、廊下を歩き、姉の部屋の襖に手をかける。

部屋から聞こえてくる、健やかな寝息。



俺は暫く迷ったが、頭をふって、姉を起こさぬよう、そっと家を抜け出した。





半月の月明かりの下、

通い慣れた、道場へ。










近藤さんの私室は、中庭に面した縁側の並びにある。


何時ものように、雨戸は閉まっていない縁側から、近藤さんの部屋の障子を開ける。


豪快に鼾をかきながら、大の字になって、気持ち良さげに眠っている。


「こんどうさん、こんどうさん、おきてくだせえ。」


肩をゆすって、耳を引っ張って、こよりで鼻の穴をつついているとき、


盛大なくしゃみと共に、近藤さんは目を覚ましてくれた。


寝ぼけ眼で周りをみ天井を見、最後に俺の顔を見て、


「どうわああああ!!いかりやさんの座敷わらし出た〜!!!!」


下帯丸出して、行李の中に顔を突っ込んでいる近藤さんに、必死で自分が総悟だというのを伝えた。



「そうごお!?どうしたんだその顔!!だめだこりゃになってるぞ!!」



近藤さんから手渡された鏡を覗きこむと、

瞼は腫れ、唇は明太子みたいになった真っ赤な顔した

だめだこりゃが映っていた。




……だめだこりゃ。





近藤さんは、水を満たした盥を持ってきて、手拭いを絞って顔を冷やしてくれた。


俺は、夕食時からの事の顛末を説明した。



「ミツバ殿が、…激辛カレー作っちゃったんだな…」

可愛い顔が、こんなになって、可哀想にな。


苦笑しながら、時々手拭いを冷やしながら、湿布みたいに顔に当ててくれた。


俺は姉と同じくらい、

近藤さんの事が大好きだった。


何時もお日様にみたいに笑っていて、手は、俺の頭がすっぽり包まれるくらい大きくて、そのまま髪の毛をわしわしされると、こそばいような気持ち良いような甘い気持ちになる。

姉とは全然真反対なのだけど、どちらも俺にとって、大事な大事な手のひらだ。

…近頃は「アイツ」が近藤さん独り占めしていて、そういやなかなか二人で話したりも出来なかったんだった。



「ミツバ殿を、心配させたくなかったから、こんな夜中に俺の処に来たのか。」

相変わらず姉さん想いだな。


言われながら、瞼を頬を拭ってくれる手が気持ち良くて、


肝心な事を伝えるのを忘れていた。




「こんどうさん、じつは、おしりもなんかへんなんでい。」










近藤さんの部屋の布団の上。

俺は、腕は伏せて、膝は立て、尻の穴を近藤さんに向けた。


「そうご…ありゃあ〜…」


左右の尻のほっぺたを掴んで開いて、具合を見ていた近藤さんは、何とも言えない声を上げた。


穴に向かって、息を吹き掛けたりしている。


ふーふー冷たい息がかかるたび、お腹の中が変な感じになった。



「下痢、酷かったか。」

うん。

「…激辛カレーだもんなあ…。」

ふえ…。



「ちょっと待ってろな。」




そう言った近藤さんは、

俺をこの体勢で放置したまま、

部屋を出ていった。
暫くして、襖が開き、また近藤さんが、俺の足元に座った。

合間があって、ぷにっと、尻の穴を指で押される感覚。

あ、冷やっこくて、気持ち良い。

思わず安堵の息を漏らすと、

ぷくぷく後ろから忍び笑いが聞こえてきた。

あれ?この声…。

近藤さんでない声に、慌てて身を引き振り向くと、


「…腫れて、けつのシワが無くなって、ツルツルになって…」


後の言葉は続かずに、布団に身を伏せ体を折り曲げ、声も出ない程に肩を震わせ爆笑を続ける、


土方死ねコノヤローが、踞っていた。



え、何で?

何でコイツが此処にいるんだ。


「近藤さんと呑んでたら、遅くなっちまったんで、泊めて貰ってたんだよ。」


またコイツ。おれのしらないところで、こんどうさんとなかよくして。

つか、


「わ、わらうな!せんぱいにむかってしつれいな…」

だってよ…尻の穴桃色の団子付けてるみて…


起き上がって、涙目で、弁明する土方は、

俺の腫れた顔見て、また、布団に俯してしまった。


止まらない肩の震えに、

生まれてこの方、これ程の殺意を覚えたことはない。






「トシ、総悟見てて呉れたか?」

何布団に寝転ンでんの。


今度こそ、近藤さんが、手に色々携え、部屋に入ってきた。


「だってよ、総悟のケツの穴、ぷりぷりになって、顔はチョーさんだしよ…」


笑いすぎて、涙が止まらぬ様子の土方に、近藤さんはポカリと拳骨を食らわした。

「馬鹿笑うな。大変なんだぞ総悟は。」


然し、そう土方を諌める近藤さんも、俺の顔は、なるべく見ないようにしているのが判って。



ちくしょう
ちくしょうちくしょう。


土方絶対ぶっ殺す。








「使えそうな薬やら、持ってきたから、もっかい尻見せてみ。総悟。」

言われてまた、四つん這いになる。


「熱持ってるよな。やっぱり冷した方が良いのかな。」

近藤さんは、腫れた尻の穴をくにくに触りながら呟く。

冷やいのは気持ち良いから、そうかも知れない。


「ケツに氷嚢乗っけとくか?」

土方の馬鹿が、馬鹿な提案するのに対して、

「馬鹿かトシ。近代文明の利器があるじゃねーか。」

そう言って、得意気に、近藤さんが取り出したのは、

冷えぴたシートだった。


「これ貼っときゃ、熱もぐんぐん吸い取ってくれるだろ。」

「でも近藤さんよ。面積広いぞこのシート。総悟じゃ前貼りみたくなるじゃねーか。」

「○ンタマは冷し過ぎてもまずいかな。熱高いときはアブねーんだけど。」

「穴の大きさにシートくりぬいて張っとくか。」

「んで絆創膏で留めて…あ―でもこの場合、糞に行きたくなったらいかんな。今総悟は腹壊してるし。」


「…じゃあ、冷し過ぎるのも良くないか。下痢が治らないかもしれんし。」



自分の尻の穴の前で繰り広げられる会話は、どうにもあぶなかしく、頼り無く、心細くもなったが、

今頼れるのは、この大人達だけだ。

つか、土方はホントに邪魔なのだが。


俺は、顔を冷しながら目を瞑って、大人しく尻を二人に預けていた。




「そもそも何で穴が腫れたかっていったら、下痢のため中が切れて、腸粘膜が炎症起こしているわけだから、傷の治療が最優先じゃね?」

ポンと手を叩き、近藤さんが言う。

「治癒ってなんだよ。ケツに赤チン塗るのが?」

土方は馬鹿だホントに馬鹿だ。

「馬鹿だなトシ。赤チンは傷を乾燥させて、治りを早くするんだ。尻の穴に塗ってみろ。カッサカサに乾いて、総悟の痔が更に酷い事になるぞ。」


他にあるだろ。近代医療薬で万能な奴。

そう言って、得意気に、近藤さんが取り出したのは、



モロナインH軟膏だった。


「んじゃ塗るからな〜総悟。」




尻周辺で、着々と準備は進められていく。


「あ、近藤さん。爪切って、ヤスリかけなきゃ。」


新たに傷付けて、総悟の痔が酷くなったらまずいだろ。

「おお、そうだな。忘れるとこだった。」


何せ痔と言う奴は、一度患うと完治しずらい、厄介なものらしいからな〜。



二人の間で何だか勝手に痔主にされてしまい、気分は悄気てくばかりだが、

万能薬のモロナイン。

冬、霜焼けやあかぎれになったとき、姉が優しく手を包み込むように塗ってくれていた、馴染みの薬。



この大人二人より、よっぽど力強い味方だ。


「じゃ、総悟行きますよ〜。」

はい息吸って〜尻穴の力抜いて〜。




次の瞬間。


スズメバチが俺を襲った。








「ちょ、総悟!!ケツ引くな、逃げるな、指突っ込めんでしょーが!」

「おいこら先輩〜。夜中に騒ぐんじゃねーよ、だらしねーなー。」


生まれて来てウン年。

味わった事のない、想像を遥かに凌駕する激痛に、
暴れまわって、声を上げたが、


夜中に周りに迷惑だと、土方から手拭いで口を塞がれ、

指が入らんと、近藤さんからケツ掴まれて。



「只でさえ穴ん中腫れてんだ。突っ込むにゃ、近藤さんの指太過ぎんじゃねーの?」


「うーん。何か他の物で慣らしてからの方が良いかな?」


「筆とか箸とかは?」

「誰の使うんだ一体。」

「んじゃ、恨みっこなしで、菜箸。」


「やめんかトシ。つか何でソノ後も使用するの前提なんだ。てか、万一途中で折れたら一大事だ。却下な。」



それから無言になった馬鹿二人。


文字通り、まな板の上の鯉状態の俺は、次何されるか気が気じゃ無かったが。







「トシ。お前の小指使ってみろ。」






こんどうさん。

アンタなんてこといいだしやがるんでい!






藻掻いて足掻いて懇願した。

「コイツのはぜったいいやだ!いたくてもがまんするから、こんどうさんのがいい!!」


「お前な、俺だって好きで突っ込む訳じゃねーぞ。」

「総悟。俺のじゃ太過ぎて入ンねーだ。トシので我慢しろ。」


ああ。



いつもだいすきなだいすきなそのおおきなて。


今はそのぶっとい指が恨めしい。



「じゃ、トシ。爪切ったか?」

「おう、ヤスリもかけた。」


んじゃ先輩。観念しろよ。








「ふぎゃ、あぎゃ、いた、いたいいい!!」

「まだ入れてねえって。つか変な声出すな。」

「総悟我慢しろよ。でないと何時までたっても痔は治らんからな。」


んなこと言われても。


さっきの事もある。


やっぱり怖くて堪らない。
同じ怖いんなら。


「あ、ああ、やっぱやだあ!きれてもいいから、こんどうさんがいい!!」

「馬鹿言うな、切れたら元も子も無いだろ。」

薬塗るだけだから、直ぐ終わるから、我慢な?



俺の目の前に来た近藤さんが、

大きな手のひらで、両方の頬っぺたを包み込むようにしてきて、

オデコとオデコをこちっとぶつけてきた。


涙と鼻水でグシャグシャになった顔を起こすと、


だいすきな、ひまわりのえがお。


俺は、この顔に、滅法弱かった。




「…わかりやしたこんどうさん。土方のでがまんしまさあ…」


よーし、いい子だ。直ぐ治るからな。



そのまま頭をわしわしされる。

これにも弱い。

滅茶苦茶弱い。



仕方無い。



俺は観念して、目を閉じた。











「十四郎さん。私が指突っ込みましょうか?」


ねえ、そーちゃん。






鈴を転がすような、聞き慣れた甘い声。

声がする縁側の方を見遣ると、


白み始めた空の下、


開け放たれた障子の向こうに、


水仙のようなたおやかな佇まいの姉が、はんなりと立ち尽くしていた。



 次ページ→


あきゅろす。
[グループ][ナビ]
[HPリング]
[管理]

無料HPエムペ!