月夜竜 六 梵天丸は笑った。 その場に崩れ落ちるように腰を下ろして、笑った。 『可笑しな奴だなぁ、そんなことを言うのはお前くらいだぞ』 『これが私の本心にございますから…』 冗談めかして言った梵天丸に小十郎は笑みも溢さず、真顔で告げた。 梵天丸は釣られて真面目な顔になり、真っ直ぐに小十郎の顔を見つめた。 『本心…、それは嘘ではないんだな。信じていいんだな…』 目を反らさずに小十郎の答えを待つ梵天丸 力強い瞳の奥に潜む不安が小十郎には見えるようだった。 その瞳から目を反らさず質問に答えた。 『私は梵天丸に嘘は言いませぬ、どうか信じてくだされ』 梵天丸はまた笑った。 『梵天丸は幸せ者だな』 今度は自嘲気味な笑顔でなく心からの笑顔で。 『其れほどの覚悟をしてくれている小十郎になら、梵天丸もこの命安心して預けられるぞ』 にっこりと笑った梵天丸に小十郎も自然と笑みを浮かべた。 此の時はこれから先に起こる不思議な出来事のことなど今の小十郎には想像もできなかっただろう。 この命が尽きるまで彼の側でお仕えする、胸に立てたこの誓いは消して折ることはない。 彼の覚悟と主君に対する忠義の心は本物なのだから。 どんなことがあろうと小十郎は梵天丸の隣に、それだけはこれからもずっと変わらないだろう。 [*前へ][次へ#] |