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月夜竜

名を尋ねると娘はおもむろに筆を取った。
そしてたどたどしい字で己の名を書いて見せた。

『…千…代…、お前の名前はちよって言うのか?』

顔を上げてニッコリと笑う千代はとても愛らしい。

釣られて梵天丸も笑顔になった。

そして千代は梵天丸を、それから己の名を書いた紙を交互に指差した。

『我の名前が…知りたいのか?』

千代は首を小刻みに縦に振った。

梵天丸はそこで気がついた。
この千代が口を聞けないことに。

『梵天丸だ、いい名だろ』
千代はまたニッコリと笑うだけ。


自分と同じく体に難がある彼女により親近感が芽生えた。

『…何も気に病むことはない。梵天丸も右目が見えん』

脳裏には母の冷たい目が焼き付いている。
いつも胸を締め付けて苦しめる。

母に愛されないと知ってしまった寂しさ、孤独感は幼い梵天丸の心を押し潰してしまう位にのし掛かる。


その重圧に目を反らし、笑顔で告げた。

『見ろ、こうして元気に生きているぞ』

そんな梵天丸に千代は見守るような温かい眼差しを向けていた。
彼女の笑顔は心が安らぐ。
心は軽くなり胸の辺りが温かくなるよるだ。

言葉は無いが梵天丸は感じていた。
『独りじゃないよ、いつも見守っているよ』と、言われているようだと。

自分が勝手にそう思っただけ。
けれど言わずに居られなかった。

『千代…ありがとう…』



相変わらず千代は笑顔。
梵天丸も一緒になって笑った。

そんな温かい雰囲気の二人を襖の隙間から小十郎と輝宗、喜多の三人はヒッソリと見つめていた。




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あきゅろす。
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