月夜竜
六
『わかりました』
小十郎が言った。
『自分で自分を傷つけるのが怖いのでしたら、あなた様の代わりに私がやります』
まだ止めたいという気持ちが残っていた小十郎だったが、もう迷いはなかった。
それはほんの一瞬
小十郎を見つめる梵天丸の目が驚きを表すように見開かれる。
『良いのか?人間の体は我らとは違い脆い…命を落とすかも知れんぞ』
龍は試しているのだろうか。
梵天丸が戸惑い、迷い、怯える姿を楽しんでいるように見えた。
『死』という言葉に血の気が引いていく。
梵天丸は死んでしまうのだろうか…
『…その時は』
小十郎はもう一方の手も梵天丸の手に添え、震える小さな手を包み込む。
『この小十郎も共に逝きます。梵天丸さまを一人にはさせませぬ』
昼下がりの日溜まりの温もり、其れを連想させた小十郎の微笑み。
梵天丸の左目からは温かい雫がポロポロ零れ落ちる。
涙を流せない右目の分まで零れてくるかのように、それはいくらでも溢れ出す。
カチャン…と音を立てて脇差しは地に転がった。
梵天丸は小十郎にしがみついて彼の肩を濡らしてた。ぽん、ぽん、と背中に感じる小十郎の手
泣き止まぬ自分をあやしてくれた懐かしい温もり
それに恐怖心は薄れていった
梵天丸は落とした脇差しを拾い上げ小十郎に差し出す。
『お前になら梵天丸の命、安心して託せるぞ』
涙を流しながら満面の笑みを見せた梵天丸
彼の手に握られていた脇差しは小十郎の手に渡った。
静寂の中、見つめ合う二人は言葉無く頷いた。
龍はそれをただ静かに、真っ直ぐに見据えていた。
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