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月夜竜

庭に戻ると小十郎が静かに佇んでいた。
梵天丸が戻るのをその場でずっとまっていたらしい。

『父上に誉められたぞ』
梵天丸は誇らしげな態度で小十郎に駆け寄った。

彼はその様子を見てうっすらと笑みを浮かべた。

『その蝶はどうされますか?必要ならカゴを用意しますが…』

梵天丸は蝶に目をやり、何を思ったか蝶を空へ返した。

これには冷静な小十郎も僅かに心を動かした。
意外な行動だったから。

自分が幼いころも、世間の子供たちも自分で手に入れた物をこうも簡単に手放すことはしないだろう。

『カゴはいらん、コイツには狭いカゴより広い庭がよく似合う』
解き放たれ自由に羽ばたく蝶を満足そうに見つめる梵天丸。

小十郎は彼の器の大きさに感服するのだった。

そんな小十郎をよそに梵天丸は美しい蝶の自由な姿に思いを馳せていた。
『梵天丸も空を飛べたらのぅ…』

広い世界を自由に飛び回れたら…

城での生活が嫌いなわけではない。
小十郎も居るし、従兄弟の成実もいる。退屈はしない。

けれど梵天丸の好奇心は日に日に大きくなる一方、
広い世界を夢見るようになっていた。

『梵天丸さま、そろそろお部屋に戻りましょう。遊んでばかりも居られませぬ』

小十郎は梵天丸を城内へ入るよう促した。

まだ遊び足りないという顔をしたものの、梵天丸は渋々小十郎の後を追った。

その時だ

…クスクス
梵天丸の耳に幼子の笑い声が聞こえた気がして振り返った。
そこには赤い着物を着たおかっぱ頭の少女が立っていた。

ニッコリと梵天丸に笑顔を向けていた。

病に伏せって居たときに見かけたあの少女だった。
あれから姿を見なかったので夢かと思っていた。

その少女が今、目の前に居た。

『…どうされました?』
歩みを止めた彼に小十郎が声をかけた。

『あの子は誰なんだ?』
小十郎の方に向き直り訊ねた。


小十郎は怪訝そうな顔で梵天丸を見つめていた。
『…あの子とは、何のことでございますか?』

梵天丸はクソ真面目な小十郎がらしくもなく、自分の事をからかっているのかと思った。

『何って居るだろ?ここに…』
勢い良く振り返り、梵天丸が指を指した方向には見慣れた庭が広がるだけだった。

梵天丸はあっけにとられ言葉が出てこなかった。
確かに居たはずの少女が忽然と姿を消していた。

『…梵天丸さま、また変なもの食べたのではないでしょうね』
毒キノコを食べ幻覚を見たことのある前科を持つ梵天丸は、また小十郎にそうなのではないかと疑われた。

結局、自分でも見間違えたのでは無いかと思えてきてしまい深く考える事はせず、二人は部屋へ戻ったのだった。



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あきゅろす。
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