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月夜竜

しばし時が経ち、濡れていた着物も袖を通しても気持ちが悪くない程度にまで乾いていた。

梵天丸は着替えを済まし再び囲炉裏の前に腰を下ろした。

『梵天丸さま…』
そこへ小十郎が姿勢を正し、改まった調子で声をかけてきた。

『私は、あなた様の覚悟を甘く見ていたようです』
視線は揺らめく炎に向いていた。

梵天丸は炎にあてられ橙色に染まる小十郎の顔を盗み見た。

ため息を一つついて、意を決したかのように小十郎が顔を上げた。

『お供します、その龍とやらが居ます場所まで』

梵天丸は夢でも見ているのかと目を見開いた。
『小十郎…?』
呟いた声も梵天丸らしくもなくか細いものだった。

『私は…』
小十郎は目を伏せたまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出す。

『あなた様の…お側を離れ危険な目に合わせてしまった…』
小十郎の拳が震えていた。

…ポリポリ
視線を泳がせて首を軽く掻く。
困った時や照れた時の梵天丸の癖。

『梵天丸が勝手にいなくなったのだ…小十郎のせいじゃ…』

『いいえ!』
小十郎はらしくもなく声を荒げた。
真面目な小十郎のことだ、自分が梵天丸から目を離し、危険な目に遭わせたことで苦に病
んでいるのだ。自分に対し怒りすら抱いて居るようだ。

梵天丸はそんな小十郎の姿にかける言葉が見つからなかった。

『私は、いつでもあなた様の味方でいると誓いました』
母に辛く当たられて悲しみに耽る梵天丸に小十郎はそう誓った。

そう遠くはない過去の事。

『覚えてる、嬉しかったから』
今も母の態度は変わらないが、その言葉にいつも救われている。

『私は、その言葉を思い出し覚悟を決め直しました。…あなた様のいく道が、私の道。その先にある障害からは私がお守りする、それが私の役目』
顔を上げた小十郎と視線がぶつかる。

力強い光が込められた覚悟を決めた者の目。

それに梵天丸は笑顔をみせた。
小十郎がいる、それだけで百人力…そういっても過言ではない。

一人で山を登っていた時とは違う。
梵天丸の心から不安は無くなった。


その時、囲炉裏で煌々と燃えていた薪が一段と大きな音をたてて燃え上がった。



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あきゅろす。
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