月夜竜
拾一
…助けて!
助けを呼びたいのに口を開けば水を飲んでしまう。
岸に向かって泳ごうとしても流れの強さに勝てず、流されてしまう。
もがいても、もがいても体力を奪われるだけ。
梵天丸は小十郎を出し抜いて山に来たことを後悔した。
後悔をしてからでは遅い…解ってはいたけれど心の中で何度も何度も謝った。
そして願った。
誰でも良いから助けてくれ、と。
その願いも虚しく、梵天丸の体は滝壺へと落ちていった。
ここはどれぐらい深いんだろうか。
暗い水の中…弱々しく手を伸ばした。
水面が遠く感じる。
苦しい…
もうもがく力も無く、自分が吐き出した気泡が水面に向かって上っていくのを見つめていた。
息が出来ないことがこんなに苦しいとは…気も遠くなり目蓋すら重く感じた。
最後にもう一度、小十郎に詫びて目を閉じた。
自分は死ぬんだと覚悟した、その時だった。
気を失いかけた梵天丸だったが包み込むような優しい感触に意識を戻された。
最後の力を振り絞りゆっくりと重たい目蓋を持ち上げた。
梵天丸の目に映ったのは…暗い水の底でも分かる、透き通るように青みがかった灰色の長い髪、陶器のように白く柔らかい肌…女性に抱えられている様だった。
ぐんぐんと上昇していく感覚
助けてくれたのか…
自分は助かったのか…
命の恩人の顔を確かめようと顔を上げた
硝子玉の様に澄んだ青い目、其れを覆う長い睫毛…それが印象的だった。
視線に気づいたのか、その女性は梵天丸の顔を見た。
そして『もう大丈夫』とでもいうように優しく微笑んだ。
そこで梵天丸の意識は完全に途切れたのだった。
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