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月夜竜

『母上に見せてくるッ』
掴まえた蝶を摘まんだまま梵天丸は城内へまっしぐらに駆け出していた。

その小さな後ろ姿を見つめる小十郎の表情から切なさのようなものが垣間見えた。

梵天丸の母、義姫は城内の一室にて書道を営む竺丸に付き添っていた。
梵天丸の弟である竺丸は大人しく優しい性格だ。
活発で快活な梵天丸とはまるで正反対だった。

伊達家の跡取りとして有望であった梵天丸に一心の期待を抱いていた義姫だったが、梵天丸の病の傷跡に心を痛め次第に距離を置くようになった。

そして竺丸を跡取りとするために付ききりといってもいいほど彼に尽くすようになっていた。

『母上!』
そこへ息を切らして梵天丸がやって来た。
小さな手には先ほど掴まえた蝶がいる。

『兄上…』
竺丸も顔を上げた。

『見てください!アゲハ蝶ですよ〜』
義姫は元気な梵天丸を冷ややかに一瞥すると直ぐに視線を戻した。
竺丸の手元に。

『どんなに小さな生き物にも命があるのです、放しておあげなさい』
素っ気なく言葉を紡いだ義姫の目はそれ以上梵天丸を見ようとはしなかった。

そっと閉まる襖の音。

急に元気を失った梵天丸は萎れた花のように頭を垂れていた。

母の自分に対する気持ちを確信した。

避けられている

原因も解る。
梵天丸は右手でそっと右目を覆う包帯に触れた。

何も映さない、醜く腫れ上がるこの眼のせいだ。

母上だけではない。
家臣や女中の態度も母上ほど露骨ではないにしろ、どこかよそよそしく感じる。

『……』
残された左目で床を見つめているとそこに影がかかった。

見上げるとそこには父、輝宗の姿があった。

変わり果てた姿になっても変わらず接してくれるのは小十郎と梵天丸の従兄弟にあたる成実、そしてこの父くらいなものだった。


『どうした梵天丸、右目が痛むか?』
輝宗は心配そうに梵天丸の顔を覗き込んだ。


『いえ、痛くはござらん。それより父上、梵天丸はアゲハ蝶をを捕まえたのだ』
梵天丸は誇らしげに捕まえた蝶を掲げた。

『なんと、見事な蝶ではないか。スゴいぞ梵天丸』
笑顔で頭を撫でてくれる父に満足した梵天丸はご機嫌で廊下を駆けていった。

その背中を見送ると輝宗は真顔になり、梵天丸が出てきた部屋の襖を開けた。

中に居た義姫に一言告げた。

『義姫、話がある』



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