月夜竜
七
『要らぬなら、わしに寄越さぬか』
竜がそう言った、あの瞬間、とうに答えは出ていたのかもしれない。
この右の目が自分を悩ませる。
この右の目が自分を苦しめる。
ならば…
『…本気、で仰っているのですか』
声はいつものように落ち着いていた。
しかし、梵天丸は見逃さなかった。
小十郎の目が、驚き見開かれたのを。
無理もない。
自分はとんでもないことを口にした。
『右の目を、竜にくれてやる』
普通には考え付かないことだろう。
『本気だ』
梵天丸は小十郎の目を真っ直ぐ見つめ、恭しく答えた。
小十郎は黙って見つめ返すだけ。
時だけが過ぎていく。
いたたまれず、梵天丸は目を伏せた。
小十郎はゆっくりと立ち上がった。
『どういうことか解っているのですか?』
視線は前を向いていた。
『ご自分の身を傷つけるなど…見過ごせるわけが有りません。それにその竜と言うもののけだって…』
其処まで言って小十郎は言葉を途切れさせた。
夢ではないのですか
その言葉は飲み込んだ。
その横で俯いた梵天丸
唇を一文字に噛み締めた
『食事を済ませたら…、戻りましょう』
小十郎は店の中へ姿を消した。
小十郎の言いたいことはよくわかる。
小十郎が自分を大事に思っているか、それ故の言葉であることを。
けれど、小十郎には解って欲しかった。理解して欲しかった。
梵天丸は顔を上げ、数里先の山を見据えた。
そして何かを決したかのような目、そしてゆっくりを立ち上がった。
その手は、痕がついてしまいそうな程握りしめられていた。
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