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月夜竜

『要らぬなら、わしに寄越さぬか』

竜がそう言った、あの瞬間、とうに答えは出ていたのかもしれない。

この右の目が自分を悩ませる。
この右の目が自分を苦しめる。
ならば…


『…本気、で仰っているのですか』
声はいつものように落ち着いていた。

しかし、梵天丸は見逃さなかった。
小十郎の目が、驚き見開かれたのを。

無理もない。

自分はとんでもないことを口にした。

『右の目を、竜にくれてやる』
普通には考え付かないことだろう。

『本気だ』
梵天丸は小十郎の目を真っ直ぐ見つめ、恭しく答えた。

小十郎は黙って見つめ返すだけ。

時だけが過ぎていく。

いたたまれず、梵天丸は目を伏せた。

小十郎はゆっくりと立ち上がった。

『どういうことか解っているのですか?』
視線は前を向いていた。

『ご自分の身を傷つけるなど…見過ごせるわけが有りません。それにその竜と言うもののけだって…』
其処まで言って小十郎は言葉を途切れさせた。

夢ではないのですか
その言葉は飲み込んだ。

その横で俯いた梵天丸
唇を一文字に噛み締めた

『食事を済ませたら…、戻りましょう』
小十郎は店の中へ姿を消した。

小十郎の言いたいことはよくわかる。
小十郎が自分を大事に思っているか、それ故の言葉であることを。

けれど、小十郎には解って欲しかった。理解して欲しかった。

梵天丸は顔を上げ、数里先の山を見据えた。
そして何かを決したかのような目、そしてゆっくりを立ち上がった。

その手は、痕がついてしまいそうな程握りしめられていた。



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