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月夜竜


城門をくぐった梵天丸を待っていたのは父である輝宗の熱い抱擁だった。

『心配したぞ梵天丸〜』
苦しいくらいに抱き締められ梵天丸はうめきをあげた。


『其れほどにあなた様の事を心配しておられるのです』
と小十郎は言う。
部屋に戻るや否や小十郎のお説教が始まった。

今も尚、小十郎の正面に小さくなって正座している。
ガミガミ煩く言うわけではないのに、逆らえない。
その静けさが怖いのだ。


『あのように飛び出されては危険なのです。わかりましたか?』
小十郎の言葉に反応しない梵天丸。
俯いて動かない。

正座している膝の上、緩く握った拳を見つめていた。

『皆、心配しておるのですよ?…梵天丸さま、お返事は?』

『…』
それでも梵天丸は口を結んだまま。


話を聞いていない訳では無さそうだが、梵天丸の頑なな態度に小十郎はため息をついた。

『…どうしたのです?』
声の調子が変わる。
叱っていた先程までの声より幾分か柔らかな声。

それを感じたのか梵天丸は顔を上げた。
その表情は久しく見ないものだった。

右目が光を失ったばかりの頃と同じ眼だった。
その眼は直ぐに下を向いた。

『しているだろうか…』
梵天丸はようやく聞き取れる小さな声で呟いた。

『していますとも、城の者皆です』

その言葉にピクリと身を震わせた。
薄く開いた口が言葉を紡がずに堅く結ばれたのを見た。

『そうか、そうだな!申し訳ないよな』
不意に屈託のない笑顔を向けられ小十郎は少々動揺した。

『済まなかったな、小十郎』
梵天丸はペコリと頭を下げた。

そうして勢いよく立ち上がった。
『父上にも謝って来ないとな』
笑顔で部屋を飛び出した梵天丸。

またあのお方は無理して笑っている…
小十郎は胸を痛めた。

梵天丸が素直に頷かなかったの理由も、飲み込んでしまった言葉も、小十郎には全て解っていたから。



部屋を出て、廊下を曲がった先で不意に立ち止まり呟いた。

『…母上』

それは梵天丸が飲み込んだ言葉だった。


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