月夜竜
八
龍が静かに見つめてくる。
梵天丸を…
いや、正しくは梵天丸の右目だろうか。
鋭く美しい赤い眼が真っ直ぐに自分を見据えくる。
長い時間、見つめられて居た気がしたが梵天丸は不思議と怖くなかった。
『その右の眼は光を失っておるのか』
沈黙を破り龍が言った。
梵天丸は小さく頷いた。
何だか胸がざわめく。
龍の視線がむず痒くて眼帯を隠すように手で覆った。
龍は一瞬も目をそらしはしなかった。
『見えぬのならもう要らぬだろう?』
龍は右眼を指してそう言った。
梵天丸は答えることが出来ないでいた。
見えない右目に対して不満を抱いても、だからと言って要らないなどと考えたことは一度も無かった。
自分はこの右目が要らないだろうか。
『要らぬならわしに寄越さぬか』
目を開いた次の瞬間、映ったのは心配そうな小十郎の顔だった。
『梵天丸さま!ご無事ですか?怪我は?』
取り乱す小十郎に相反して梵天丸の方は静かなものだ。
それもその筈、梵天丸はまだ放心しているようだった。
急な展開に頭がついていかないといったところだろう。
梵天丸が辺りを見回すとそこは先ほど馬を繋いだ蔓の巻いた樹の下だった。
『…龍は?』
梵天丸は自分の前から居なくなった龍を探した。
梵天丸の方が居なくなったという方が正しいのだろうが…
『リュウ…、で御座いますか?』
首を傾げた小十郎が聞き返す。
『さっきまで此処に…、光る沼もどこいっちゃったんだ』
変わったものが見当たらず、梵天丸は面を上げた。
視界に入った小十郎の表情は何とも言えない微妙な表情をしていた。
そして梵天丸の頭を隈無く調べ始める。
梵天丸はされるがままになっていた。
やがて小十郎は安堵のため息をついた。
『お怪我は無いようですね…』
『どうゆう意味だ、小十郎』
梵天丸は怪訝そうに小十郎を見返した。
その眼差しを気にもせず小十郎は言った。
『頭部に強い衝撃を受けますと思考が正常に働かなくなると聞いてたもので…』
梵天丸の不可解な言動
これには大分慣れてきたつもりだったが、自分には見えないものだからつい疑ってしまう。
『馬鹿者ッ梵天丸はまともだ!』
梵天丸の大きな声があたりにこだました。
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