月夜竜
七
山は登るに連れて、険しくなる。
樹や草が生い茂り獣道すら見当たらなくなってきた。
梵天丸は蔓が巻き付いていた樹に手綱をつなぎ止め、今度は自らの足で歩き出した。
秋を迎えた山の乾いた音だけが耳に届く。
此の辺りには人が近寄らない、とは聞いていたが動物たちの気配も感じない。
山中とはいえ静かすぎて不気味なものだった。
しかし此のときの梵天丸の好奇心は恐怖心に勝っていた。
梵天丸はひたすらに前へと足を踏み出していった。
辺りが急に暗くなる。
妖しげな雰囲気は増すばかり。
それでも歩みを止めず突き進む盆天丸の耳に届いた遠雷の音。
辺りは急に薄暗くなった。
陽が沈むにはまだ早いはず。
ざわめく胸がようやく梵天丸の足を止めた。
その場でぐるりと辺りを見渡すと木と木の間より微かな光を見た。
誘われるように梵天丸は光の方へ歩みだしていた。
草木を掻き分けて進んだその先にあったのは、蒼白く光る大きな沼であった。
幻想的な世界が目の前に広がっている。
『綺麗…だ…』
鏡のような水面は静かに景色を映し出す。
ため息が漏れるほど心奪われた。
波立たぬ沼を覗き込んでいると不意に写り込んだ自分の姿が揺らいだ。
そして水の音。
見上げた先に彼は居た。
夢で出会った美しき龍。
水面から顔を出し此方を見ていた。
梵天丸はその姿から目が離せず立ち尽くしていた。
『御主の方から会いに来てくれるとは思わなんだな…、よく来た、小僧』
返事がなく、ピクリとも動かない少年を見て龍は笑い声を上げた。
笑っていると言うのにその姿のせいか、凄い迫力だったが…
『我が怖いか、小僧。』
返事はない。
見ると肩が震えている。
しかし勢いよく上を向かれた顔の表情は嬉々としていた。
『怖いもんか!…こんな大きくて美しいものは家にもないぞ』
梵天丸は更に一歩前に出る。
そして繁々と龍の姿を眺めている。
なんと肝の座った子供だろうか…
『変わった小僧だな、お前』
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