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月夜竜


右目が燃えるように熱い

意識が朦朧とする

息をするのも困難だ


病に倒れ床に伏せってからどのくらいの時がたったのだろう。

何日も寝ていた気がする。

心配そうに、けれど自分が意識を取り戻した事を喜びあう医者と女中たち。

痛みに苦しむ右眼の代わりに左の眼が捉えた。

自分より僅かに幼い小さな女の子。

君はだれ?

その言葉は声にならず
そのまま意識は遠退いていった。

眠りの淵へ落ちていく寸前
自分の顔を覗き込むようにしていた少女がニッコリと微笑んだのを見た。





時は戦国、出羽の国

桜咲き乱れる米沢城

美しく手入れを施された庭に一人の男が佇んでいる。

その男とは
伊達家十六代当主輝宗

一国の主でありながら威厳という風格の無い優しげな男

その男の目の前にある視るものの心を奪いそうな程の見事な桜。

それを前にしても表情は暗い。

風に舞う花びらを眺めため息をついた。

『こちらにお出ででしたか、輝宗さま』
輝宗の背後から声をかけてきた少年

名は片倉小十郎
まだ幼さを残すが切れ長の目と堂々たる態度が大人顔負けの凛々しさを感じさせる。

『どうした?まさか…梵天丸に何か…』
取り乱し、落ち着きを無くす輝宗

美しく咲き誇る桜も目に入らないほど気をとられていたのは愛息子梵天丸の容態だった。

息子の梵天丸は不治の病と言われている天然痘にかかってしまいもう何日も床に伏せっている。

苦しむ我が子のことが頭からはなれないのだ。

『はい、先ほど…』
小十郎が言い終わらぬ内に輝宗は卒倒した。

『輝宗さま!』
小十郎は慌てて主君の身を支えた

輝宗はうわ言のように呟いていた。
『まさか…梵天丸が…病に倒れようとは…』

小十郎はため息をついた
この人は梵天丸さまの事となると心配性になるな…

これが俗に言う親バカというやつだ。

『話は最後までお聞きください、梵天丸さまは先ほど僅かではありますが意識を取り戻しました』

輝宗の顔に血の気が戻ってきた。

『そうなのか!真であるか、小十郎!』
彼が頷くのを確認するや否や輝宗は突進する亥の如く梵天丸の寝所へ駆けていった。
『お待ちください!輝宗…さま…』
言い終わる頃にはもう彼の姿は見えない所にあった。

梵天丸が病に倒れてからというもの執務に身が入らず仕事が溜まっていると言うのに…

それに梵天丸は意識を取り戻した後再び眠りについてしまった。
行ったところで会うことは出来ない。

息子のこととなると常軌をいっする輝宗の行動には困ったものだった。

それが微笑ましくもあるのだが…



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