[携帯モード] [URL送信]

月夜竜


梵天丸は小十郎から一冊の本を渡された。

今まで出会った者から未だ見ぬ者まで、妖怪や不思議な生き物について多く記された本だった。
此れを書いた者の事は詳しく書かれてはいなかったが、色んな地を巡り彼が体験した話、伝承などを綴ったもののようだった。

『旅の商人から譲って戴いた物です、梵天丸さまに必要な物ではないかと…ッ』
言い終わる前に小十郎は言葉を詰まらせた。

梵天丸から鳩尾に体当たりを食らったからだ。

『嬉しいぞ小十郎!感謝する』
溢れんばかりの思いが笑顔となり表れていた。

ここまで喜んで貰えると先の痛みなど何処かに飛んでいってしまったかのようだ。

『抜け駆けとは…卑怯ではないか。』
地の底からでも聞こえてきているのではないかというような低い声がした。

それは庭の松の陰から様子を見ていた輝宗のものだった。

『抜け駆けなどとは思ってもいませぬ、ただ梵天丸さまがお喜びになればと…』
内心呆れつつも小十郎は丁寧に返答する。

『…などと言いつつ、父の座を狙ってはおるまいな?』

―…そんな馬鹿な。

輝宗に時折、こうして妙な因縁を付けられる小十郎。
輝宗の親バカっぷりも筋金入りのようだ。

そんな二人を余所に梵天丸は夢中になっていた。

そしてある頁に目が止まった。
先日見た異なるものの姿がそこに描かれていた。

『…竜、というのか…』
鹿の角、駱駝の頭、兎の目、大蛇の身体、腹は蛟(※1)、背中の鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎、耳は牛に似ているのだという。(※2)

『ほぅ…、そのもののけが気になられますか。』
食い入るように見つめていると宗乙が声をかけてきた。

『竜は神聖な生き物だとか…、水を司る神とも聞きますね』

宗乙は物知りだ。
知りたい事を何でも教えてくれる。

『水…、ならばやはり、川に住んでいるのか?』

『えぇ、もしくは沼か、湖か…』
考えを巡らせ宗乙は天を仰いでいた。

『一番近くにある水場はどこだ?』
空から視線を下ろしてみれば好奇に満ち溢れる梵天丸の顔があった。

『大きなとこだよな、竜はデカイんだろうからな!…何処だ?』

『北の山を越えた辺りに沼が…』
宗乙が言い終わる前に梵天丸は駆け出していた。

夢中になるともう止まらない。
居るのかも解らない竜に会うために、北の沼に向かったのだった。


(※1)蛟…みづち
想像上の動物。蛇に似ていて体は長く、角と4本の足がある。水中にすみ、毒気を吐いて人を害するといいます。

(※2)
「竜に九似あり」といわれ、本文の通り、竜は九つ他の生き物に似ている部分があるそうです。



[*前へ][次へ#]

5/9ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!