月夜竜
四
見上げた空が青い。
真っ白な夏の雲が映えるほどの濃い青。
目を奪われる美しい世界が広がっていた。
梵天丸はそれすらを凌駕する[異]なるものを目にした。
蒼く輝く鱗に覆われた蛇のような姿、頭には大きく立派な鹿の角、翼もないというのに優雅に空を飛んでいる。
舞っている言ってもいい。
それはもう美しくて…
『いつまでふてくされて居られる気ですか、梵天丸さま』
足元から小十郎の声が聞こえた。
『ふてくされてなど無いぞ!』
その声と同時にようやく、横たえていた身体を起こすことにした。
梵天丸は勝負に負けた時の姿のまま、庭に転がっていた。
初めは確かにふてくされていた。
大口を叩いて完膚無きまで負かされたのだ。
やはり成実には敵わない…今は、まだ。
悔しさを忘れた訳ではないが、心は空を舞う異なるものに奪われていた。
しかし、もう一度空を仰いだときにはその物の姿はなかった。
『早くなさいませんと団子が無くなります』
皆が集まる縁側をみると、千代と袖引き小僧が団子を頬張る姿が目に映った。
そうなると異なるものの事など頭から消え、梵天丸は団子争奪戦へと出陣するのだった。
その晩、梵天丸は夢を見た。
そこは何もない真っ白な世界。
居るのは自分と
昼間の[異]なるものだけ。
その体は対峙すると気圧される程に大きく、迫力がある。
その者の大きな体は蒼く輝き光放っている。
鋭い鍵爪をもつ前足にはそれはまた美しい宝玉を握っていた。
恐る恐る見上げた顔に梵天丸は息を飲む。
遠くから見ていた時にはわからなかったがその者の顔の右側には大きな傷痕があり、そこに在るはずの右目が無かった。
その者は、嗄れた低い声で言った。
『お主、良き目をしているな』
梵天丸は其処で目を醒ました。
不思議な夢だった。
夢にしては鮮明でハッキリと脳裏に焼き付いている。
ゆっくりと身体を起こし、あの者の言葉を考えた。
…馬鹿な、光を映さないこの目が、良いなんて。
知らぬ内に、右手は眼帯の下に隠された右目を覆うように触れていた。
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