月夜竜
三
『梵天丸様に無礼だ』
成実には小十郎からゲンコツをお見舞いされた。
妖怪たちには梵天丸からのきついお叱りだった。
『此れは男と男の真剣勝負だ!今度手を出したら許さないからな!』
彼らの前に険しい顔で仁王立ちの梵天丸に妖怪たちも怯えているように見える。
離れている千代までも表情が堅い。
それくらい梵天丸は怒っていた。
言の葉を持たず千代のように表情豊かではない彼らだが、人と同じように感情を持っている。
悪戯が成功した時はなんとなく嬉しそうにしているし、今は叱られてしょんぼりしている。
『その辺で許しておあげなさいな』
優しい声に振り向けば宗乙がいた。
『あなた様を思っての行為でしょう、かわいいではありませぬか』
梵天丸の怒りを宥めるように肩に優しく手をかけられる。
梵天丸も彼らに悪気があるとは思っていなかった。
申し訳なさそうな妖怪達のその姿には僅かに心を痛めたが、成実との勝負に水を差された事も余程悔しかった。
許してやりたい気持ちと許せない気持ちがせめぎ合っている梵天丸は口にする言葉が見つからずただうつ向いた。
そんな梵天丸の前に小十郎はしゃがみこみ目を見て言った。
『梵天丸さま、勝負はまたやり直せばよいのです。その悔しさ、成実にぶつけてやってください』
梵天丸は踵を返し転がっていた木刀を拾いあげた。
そして袖引き小僧とすね擦りが佇む場所で足を止めた。
『怒鳴って御免な』
申し訳なさでまっすぐ見つめられず足下に目をやる。
素直に謝るのが照れ臭いのだ。
『お前たちの気持ちは嬉しいぞ、だけど…梵天丸は自分の力で勝ちを掴みたいのだ』
二匹の妖怪たちは梵天丸の声に耳を傾ける。
言葉が通じているかは解らないが、思いは伝わったようだ。
彼らは黙って頷くような素振りを見せた。
『終わったら一緒に団子を食おう、だから待ってろ。直ぐに終わらす』
梵天丸は拳を握りしめ突き出して決意のほどを見せた。
『直ぐに終わらすって…負けるつもりで勝負する気か、梵天丸?』
成実が茶化す。
『バカを言うな!負けるのはお前だ!』
梵天丸が成実の前に立つと彼もようやく腰をあげた。
互いが静かに構える。
今日、何度目になるかわからない二人の勝負が始まった。
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