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月夜竜


ゆっくりと、けれど確かに季節は巡り小さな梵天丸の身の丈も目に見えて分かる程に伸びた。

数ヶ月振りに会った従兄弟の成実も『この分じゃすぐ追い付かれるな』と陽気に言っていた。

それに比べて座敷わらしの千代は出会った頃と少しも変わらない。
妖怪は成長しないらしい。

『本当にここにいるというのか?』
成実はまじまじと千代が居る所を見つめているが何も見えていないらしい。

『お前の後ろにもいるぞ、違うやつが』

『えぇぇっ!?』
成実は飛び上がる程に驚いた。

いつからか千代以外にも妖怪が姿を現すようになった。

と言うより今までも存在していたが見えていなかったたげのようだ。

『そう怯えなくても平気だ、悪戯するだけだ』
例えば…
今も成実の後ろにいる妖怪[袖引き小僧]は普段は門前をうろうろしている奴だ。
たまに出入りする人の袖や裾を引いて足止めするだけの素朴な妖怪だった。

不思議な世界に頭がついてこれなかったのか成実は放心したように固まっていた。

『オイ成実!今日は稽古をつけてくれるんじゃないのか!』
梵天丸は痺れを切らし声を張り上げた。

成実は梵天丸より六つ上、背丈も大きく武芸に長けていた。

槍に関しては大人顔負けの腕だと言う。
たまに成実が来たと思えば梵天丸は剣術の稽古に精を出す。


ガキィィン…と鈍い音と共に一本の木刀が宙を舞った。

何本めかの勝負がついた。

『どうした、腕鈍ったんじゃないのか〜?』
成実は尻餅をついた梵天丸を高らかに笑いながら見下ろしていた。

悔しさが梵天丸の顔に表れる。
『もう一本だ、間違っても手なんて抜くなよ!』

体格も経験の差もある成実に勝つのは至難の技だ。
それでも本気の成実に勝ちたくて何度も立ち向かう。
梵天丸が勝てたことはまだ一度も無かった。

『隙ありッ!』
成実の太刀が梵天丸の脇腹を突いた。

『…ッ』
余りの痛みに声も出なかった。

悔しさと相まって視界が滲む。

『梵天丸さま、これしきの事で泣いてはなりませぬ』
いつの間にか稽古の様子を見守っていた小十郎が言う。
普段の稽古の時も小十郎は厳しかった。

唇を噛み締めて見えない様に涙を拭った。
『泣いてないわ!成実、もう一度だ!』

『ハイハイ、気が済むまでお相手しましょう』
成実の気の無い返事にまた悔しさが募る。

『貴方さまは考え無しに相手の懐に飛び込み過ぎです。それではいつまでも成実には敵いませぬぞ』
梵天丸の着物の汚れを払いながら小十郎は助言した。

『相手の動きをもっと見なくてはなりませぬ』

最もな助言だが悔しさが素直に受け止めるのを拒んだ。

『自分の非を知り、克服しませんといつまでも強くはなれませぬぞ』
小十郎は梵天丸の胸の内をわかっていながら厳しいことを言う。

それも梵天丸を思えばこその事、幼いうちから立ち向かう強さを身につければ必ず、この奥州を背負って立つ大きな存在になれると信じている。

梵天丸なら『壁』を避けるではなく、壊して突き進むことが出来るはずだから。


『見てろ、次は一本取ってやる!』

梵天丸は木刀を握り直し、成実の真正面に立ちゆっくりと構えた。

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あきゅろす。
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