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月夜竜
十一


『それはおそらく座敷わらしでしょう』

梵天丸の隣にすわる禅僧・虎哉宗乙は穏やかに告げた。

『座敷…わらし…』
宗乙は梵天丸の隣にちょこんと座る千代を妖怪だと言う。

その宗乙にも千代は見えていないようだった。
人の前に姿を現すことは非常に珍しいことらしい。

宗乙は座敷わらしがいるであろう梵天丸の隣の空間を眺めながらいった。

『仲良くなされませ。座敷わらしが住み着く御家は幸せになると言われておりますゆえ』



宗乙がいなくなっても梵天丸は庭に腰をかけ庭を眺めていた。

その傍らには千代と、団子がある。
穏やかなひとときである。

『お前、妖怪だったんだな』

隣で団子をうれしそうに頬張る千代を眺めながら呟いた。
千代はニッコリと笑顔を向けた。

千代が現れるようになってから小十郎の様子がおかしかった。
話も通じていないようでもどかしかったが、それもそのはずだ。

彼には見えていなかったのだから。

…自分の目には確かに映っているのに。

『…あ。』
物思いに耽っている間に千代は梵天丸の分の団子まで食べ始めていた。


『ぼんやりしちゃって…、寂しくなった?』
小十郎が庭で楽しそうに駆け回る梵天丸を眺めていると喜多が可笑しそうにそう言った。

『…何を言うんですか、姉上』

喜多は彼の横に立つと同じように梵天丸に目を向けた。
『いつも小十郎、小十郎と言ってた若様を取られちゃったんだから』

梵天丸は相変わらずに団子を頬張っている。自分には見えない女の子と楽しそうに笑っていた。

『そんなことは…』
一寸も感じていないと言えば嘘だろう。

それよりも…。

『梵天丸様があんな風に楽しそうに笑って居られることの方が嬉しいのです』

彼は伊達家を背負っていく身、これからどれだけ困難な事があるか分からない。

只でさえ右目の光を失って不便であろう、辛い思いもしただろう。

だからこそ小十郎は今のような穏やかな時間が続けばいいと願っていた。
少しでも、長く…。


季節は夏の始まり。
爽やかな風が通り抜けていく。

梵天丸が齢六つの時の事だった。
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あきゅろす。
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