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月夜竜

『梵天丸!』
あまりに突然すぎて猪が飛び込んで来たように思った。

自分を抱き抱え揺さぶるものが父であることに気がつくまでしばらくかかってしまった。

『ななな何事だ父上!』

取り乱す父を見て梵天丸も慌てた。
寂しい思いをさせて済まぬとひたすら謝り続けている。

父の肩越しに呆然と立ち尽くす喜多の姿がある。
自分をなのか、父をなのかわからなかったが哀れむような目で見つめていた。

梵天丸は何がなんだか訳がわからなかった。

『小十郎、小十郎はいないのか!』

すがるような思いで名を呼ぶと喜多の影から小十郎がおずおずと姿を見せた。
『…小十郎はここに』

何事も無いかのように振る舞われ梵天丸はますます動揺した。
が、彼の手にある山のような団子を見て思い出した。
小十郎に言い付けていた用があったことを。

『そうだっ!待ってたんだぞ小十郎!』
まとわりつく父を払いのけ梵天丸は小十郎に駆け寄った。

美味しそうな団子に思わず喉が鳴った。

『千代!団子が来たぞ』
浮かれた梵天丸はそれを千代に差し出した。
千代は嬉しそうに笑って団子を手に取った。

反対に残る三人の表情は強ばっていた。

無理もない。
三人の目には千代の姿は映っていなかったのだから。


けれど確かに団子は宙に浮き、上から一つずつどこからともなく消えて行く。

そこに見えない何かが存在する。
三人は信じられない光景を受け入れる他無かった。


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