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月夜竜


襖を開け、真っ先に目を奪ったのは、呼吸を乱し熱に苦しむ息子、その右目を覆う包帯だった。

明るく活発で元気に庭を駆け回っていた息子の変わり果てた姿に、輝宗は言葉を失った。

『…医者よ、梵天丸は…』

梵天丸の傍らで診察をしていた医者は微かに笑みを浮かた。
そして輝宗の方に向き直り言葉を並べた。

『ご安心を、梵天丸さまは命をとりとめました』

それを聞いて輝宗は胸を撫で下ろした。

『しかし…』
言いづらそうに医者は付け足した。

再び輝宗は身を強ばらせる。

医者の顔からは先ほどの笑みは消えていたからだ。

それに輝宗は嫌な予感を感じた。

医者は慎重に言葉を選びながら口を開いた。

『右目に発疹が表れてしまい…残念ながら…』
医者は途中で言葉をつまらせた。

そこまで言われれば最後まで言葉を並べなくとも、息子の哀れな姿でその悲しい事実を受け入れざるを得なかった。

包帯の下にある息子の目は光を失ってしまったのだ。




それから時は経ち、初夏を迎えた。

出羽の国も爽やかな新緑に染まる。

動物達も活発に活動している季節、米沢城の庭にも元気に駆け回る小さな影があった。

『取ったーッ!』
右手で蝶の羽を摘まんで飛び跳ねていたのは梵天丸だ。

数日前まで天然痘による熱に苦しみ寝込んでいた姿が嘘のように元気に庭を駆け回っていた
天然痘は大人でも命を奪われるといわれる不治の病、梵天丸の回復は奇跡ともいえた。

それでも右目を覆う包帯の下の発疹、奪われた光、病が残した傷痕は痛々しいものだった。


『梵天丸さま』
彼の側で様子を見ていた小十郎が声をかけた。

『病み上がりのお身体です、あまり無理はされませぬようお願いします』
養育係として常に側に控えている無茶をして体調を崩されないかとても心配していた。



『平気だ、もう完全に治っておる』

そんな小十郎の気持ちなど梵天丸には知らぬこと

しかし小十郎は、以前と変わらず元気な姿が見られる事が心配でありながらうれしくもあった。



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