それは、甘ったるい時代は終わってしまったということを意味するみたいに。
知っているよ。
キミが僕と別れたいと思っていることくらい。誰に聞いたわけでもないけれど、知っている。だって僕はキミが大好きだから。
分かっているよ。
今日、何故キミが僕の家に来ると言い出したかくらい。そんな理由聞かずとも分かるよ。キミ、別れ話をしに来るんでしょう?
でも、キミは知らないだろうね。
――今日が僕の誕生日だってことさえも。
「おう、ユウキ。何か久しぶりだな。最近仕事が忙しくって……」
チャイムが鳴って、玄関のドアを開けると、そこには少し申し訳なさそうな顔をしたキミがいた。
そんな言い訳しなくてもいいのに。
――新しい恋人がいるんでしょう?
「いいよ。さ、キョウスケ、上がってよ」
玄関でこのままずっと話しているわけにもいかない。僕はキョウスケを家に上がるように促した。寒い中来てくれたはずなのに、ちっとも寒そうにしていないキョウスケを見て、何となく分かった。
――新しい恋人に車で送ってもらったんだね。
リビングに入り、席に着く。僕の目の前に座ったキョウスケ。付き合った当初は、隣に座ってきて色々とちょっかいを出してきたことを思い出して、少しだけ淋しくなる。
「ユウキ、今日は大事な話が……」
「あ、ちょっと待って。今日はね、ケーキを買っておいたんだ」
座ってすぐに話を切り出そうとするキョウスケを止めた。
大事な話、何て今すぐには聞きたくない。
――そんなにはやく新しい恋人の元へ行きたいの?
「ケーキ?」
「そう、ケーキ」
不思議そうな声を出すキョウスケの言葉を繰り返した。ケーキ。その単語に望みをかける。もしこれで僕の誕生日を思い出してくれたら……。僕らにも明日がある気がした。
「へぇ、珍しいな」
でも、もちろん明日があるわけなんてなくて。
「……そう、珍しいんだ」
こうやって軽く流されたって別に悲しくはない。分かりきっていたことだし。むしろ、キミの考えを見抜けていたことが嬉しいくらいだ。
ただ、それと同時に、無性に淋しくなった。
いつからこんなに遠い関係になってしまったんだろう。何故、こんな甘さのない関係になってしまったんだろう。
もちろん、そんな淋しさなんてものを顔には出さない。微笑みを貼り付けておくんだ。
そうやって、いかにも久しぶりに会えたことを喜んでいるように装いながらキッチンへと向かい、冷蔵庫から、ケーキの箱を取り出す。綺麗な白い箱。落とさないように慎重に持ってくる。
「そんなに慎重にならなくても、落ちやしないさ」
そんな僕を見てキョウスケは笑う。
――キミの目に僕は滑稽に映るかもしれないけれど、落ちるわけない、と思っているほど一瞬にして落ちるものなんだよ。
やっとテーブルまで持ってきて息を吐く。
「お疲れさん」
そんな僕を見て、キョウスケが声をかけた。その顔は笑っていて。これから別れ話をしてくるというのに、それはそれは爽やかなものだった。
――ああ、キョウスケ。苦い話をする前に、甘いケーキを食べてよ。そして、夢見るような世界に一緒に行ってしまおうよ。
僕のほうも、心の中で思っていることなど、少しも顔に出さず、微笑みのまま、白い箱を開ける。
そこにはケーキが二つ。キミ用のガトーショコラ、そして僕の――
「モンブラン! 俺、モンブランね!」
「え……?」
そう。二つのケーキのうち、一つはガトーショコラ。もう一つはモンブラン。二つが綺麗に仲良く箱に収まっていた。
「キョウスケ、ガトーショコラが大好きで、モンブランは苦手じゃ……?」
付き合い始めた頃に教えてもらった好み。チョコレート系が好きで、中でもガトーショコラは大好物。一方、栗は、甘栗以外はダメだったはず。
「ははっ。それ何年前の話だよー?」
モンブランを皿に取りながら、笑うキョウスケ。そんなこと何でもないとでも言うようだった。
その様子を見て、急に涙が込み上げてきた。ここ最近、いや、何年も涙など流してはいなかったのに。
(今から泣いてどうする)
そんな思いで必死になって涙を堪え笑顔を作り、食べたことのなかったガトーショコラを皿に取る。
「じゃあ、いただきます!」
そうやって嬉しそうにモンブランを食べ始めたキョウスケ。
僕もそれを見て、初めてのガトーショコラを一口食べてみた、その瞬間。
「……っ!」
びくっ、として堪えていた涙が一筋、とうとう僕の頬を流れてしまった。
驚いたのだ。
甘いと思っていたガトーショコラが、思いの外、ほろ苦かったから。
【END】
━━━━
あとがき
━━━━
ウロコボーイズ様に投稿させていただいたものです。
二回目の投稿、やっぱり緊張しました。
今回は少し、シリアスなお話になりました。
日記で鈴野が何か呟いているようです。
▼感想などありましたら
無料HPエムペ!