Novel〜孕〜
6
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「ん…」
腕が疲れた。まどろみの中で惣之助が一番に思ったことはそれだった。
どういうわけか、いつのまにかバンザイの格好をしている。ずっと腕をあげていたら、それは疲れるだろう。
うとうととしながら、腕を下ろそうと動かすが下ろすことができない。目を開けて見なければと思うのに、まだ眠くて惣之助はただむずがるように「うぅん」と唸った。
誰かが、近くにいる気がする。
父か母か、それとも時助?誰だろう?そう惣之助が思った時だった。
「おい。いい加減に起きろ!」
「!!」
突然至近距離で怒鳴られて、ビクっと体を跳ねさせながら惣之助はようやく目を開けた。
「え?なっ…なに?
っぎゃぁあッ!?バケモノー!!」
視界いっぱいに広がる、自分を覗きこむ大男と目が合って、覚醒した少年は叫ぶ。
大男は惣之助の三倍はあろうかという身長を屈めて、それはそれは恐ろしい顔をしていた。
角のようなものも生えているし、歯も鋭い。まるで鬼の様だ。
「ひぃっ…!助けっ」
もがいて、ようやく惣之助は、自分の腕がどうして疲れていたのかわかる。
両手首を縛られて木に吊るされていたのだ。
自分の手を見上げて、ますます蒼白になる惣之助。すると大男の後ろから別の声が聞こえた。
「そいつが新しいお役目か?小さいな」
「あぁ、もう少し待とうかと思っていたが、自分の事ばかりで、まるで他人を大事にしない。
一晩、怪我人を山に置き去りにするような大馬鹿者だ」
振り向いた大男の肩のあたりから、後ろにいた者が見えて、惣之助はまた「ひぃっ」と竦み上がった。
話しかけてきたのは顔が牛で首から下が人間。目の前の大男よりは小さいが、それでも村にいる大人の誰よりも大きかった。
「やだっやだ!助けてよう…!」
暴れる惣之助を大男が二人見下ろす。ぶるぶるっと腰が震えた。
「ひひゃひゃっ
漏らしおったわ」
「ひ、ぅっ」
涙で霞む視界に、突然何かが上からにょろっと突き出される。
ヘビかと思ったが、そうではない。
にょろにょろしたものは、するすると惣之助の足元へ伸び、ひたひたと滴っている足に絡みついた。
「やっ…!」
「ほっほっ。小さいのう」
絡みついたもの、蔓のようなそれがぐいっと持ちあがり、片足だけ上げた格好になる。
もがいた拍子にバランスを崩し、惣之助は背後の木に凭れた。
「こんな小穴で大丈夫かえ?最初は竜逞(りゅうてい)じゃろ」
「ぎッ…!」
もう悲鳴も満足に上がらない。凭れた木の幹がもこっと盛り上がり、人の顔のような形をして惣之助に笑いかけてきたのだから。
意識が遠のいていく。気を失う寸前、大男が呆れたようにため息をついた。
「まだ全員そろっていないが、さっさと慣らしておいた方がよさそうだな」
言っている意味はまったく理解できなかったが、その声は、あの山で倒れていた男の声にそっくりだった。
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