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 どこでそんな言葉を覚えてきたのだろうか。少なくとも、俺は可憐で温厚な女性になるように育てたはずだ。クルーゼは頭が痛くなった。
 確かに昔から舌は良く回る方だったが、こんな暴言をそこら中に吐きまくる様にした覚えはない。

 ここから伺えるように、クルーゼとレイは言わずと知れた、親子である。とは言っても、義理の関係で血は繋がっていない。
 証拠に、クルーゼは見るからにハム系の血を引いている。レイの白い肌は明らかこの辺りの人でない事を指し示していた。

「ベリアルの奴、本当にダメなんだ。明日の戦いは総督が来るからって弱気になってやがる」
「女なのにやがるなんて言うな」
「総督なんて私が殺してやるってたら、総督の強さを知らないって聖十字<クロスロード>を庇うんだよ」
 クルーゼの注意を無視して、レイは勢いに任せ、そのまま続けた。
「あんな奴、明日出ても無駄死にするだけだ。頭が飛んでる総督に脳天撃たれておしまいさ」
 銃で頭を撃たれる手振りをレイはした。そんなレイにクルーゼは苦笑する。
 確かに、レイの射撃の腕はレジスタンス一を誇る。力もスピードも、欠ける所がないほどに素晴らしい。今や彼女はレジスタンスが自信持って誇る、当代一の戦力なのだ。笑って総督を殺すとレイは言うが、冗談には聞こえないのが恐ろしい。

 そんな時、クスクスと堪えるような笑い声が聞こえた。
「レイは面白い事を言うねぇ」
「アンタ……どっから入ったの?」
「アンタって名前じゃないよぉ。いい加減、僕の名前覚えて欲しいなぁ」
「……部外者の名前なんて覚える必要ないし」
 険悪な表情を隠さず、あからさまに睨みをきかすレイ。クルーゼは慌ててレイを制しにかかった。彼女の手はホルスターの得物に触れていた。

「まぁまぁ。レイ、この人なしには今、スラム街で生きていけない状況なんだよ。アスタロト、悪いな。折角そちらから格安に支援してもらってるのに」
「良いよ、こっちも商売だし。利用してるのはおあいこだしね」
「すまん。そちらの頭にはよろしくと言っておいてくれ」
 レイは面白くなかった。養父のクルーゼが、自分とそんなに年の変わらない男にへつらうような光景は耐え難かった。
 あの、髪を赤く染めて赤い目をしているアスタロト=インダレンスとか言う男。カラーコンタクトを装着しているのか知りもしないが、赤の好きな男だとレイは思う。まるで血のようだ。
 アスタロトには裏に何かがある。根拠はないが、レイはそう思っていた。
「レイ」
「何?」
「弾は必要だろ」
「……うん」
「だ、そうだ」
「オ〜ケィ。そうだなぁ、10000クロスでどうかな」
「十分だ。ありがとう」
 アスタロトがクルーゼの言葉に笑う。赤い目が細められて、同じような色をした唇がつり上がった。

 総督も嫌いだが、アスタロトも気に食わない。しかし、べリアルや周りの人にその事を言っていも何故か笑われるのだ。支援してくれる人間に限って、裏はないだろうと口々に皆は言う。
 そんな周りに対して、出納帳を手に取引を続けるクルーゼの横顔は慎重だ。きっと彼もアスタロトの怪しい一面に注意しているのだろう。レイは養父の背中を心配そうに見守った。

「じゃあ、いつに持ってこようか?」
 一通り交渉が済んだようだ。アスタロトはメモを眺めて言った。
 すると、クルーゼはほんの少し考える素振りをしてから口を開いた。一つ一つ、物事を確認しながら事を進める彼には珍しい。即答だった。
「今晩。今晩すぐに頼む」



 白い医療室。壁の染みもない。清潔感よりもその白さに不気味さを覚えるような部屋だ。
「閣下、ご気分は如何ですか」
 老人は、その端の扉を叩いた。

 ヨハネス=ファウストは永い間、ゼオシスの主治医を務めてきた。ゼオシスの見かけは二十代の青年であるが、どういう体の構造か。考えられない程長い時を生きている。
 若くして総督の姿を見て以来、閣下は相変わらずの美を誇っている。それに対して、ヨハネスは未婚のまま髪も薄くなって、禿が目立つようになった。

「閣下?」
 なんど扉を叩いても返事がなかったので、ヨハネスは失礼ながらも恐る恐るドアノブを回してみた。
 すると、そこには浴槽に身体を沈ませてたたずむ、かの美しい総督の姿があった。総督にして、この外見。まさに完璧が似合う男だ。ヨハネスはあまりの光景に嘆息した。

「ヨハネス、か」
「は。もうすぐ一時間たちます。いかが致しましょうか」
「……まだあと少しだけ、浸からせろ」
「は」
 今日はそんな気分なのだろう。相変わらず我らが総督は気紛れな方だとは思う。

 しかし、不明な乳白色の液体に身体を浸すゼオシスは美しかった。ヨハネスはこの姿を見れるのが、支部内でも自分しかいない事が嬉しかった。
 惜し気もなく晒された、胸板は飾りすらも白い。まるで陶器のようだ。もしあの声帯からくぐもった声が聞こえるとするならば、まずは自分がしたいものだ。

「ヨハネス」
 ゼオシスの声にヨハネスは現実に戻った。ついつい欲望を想像してしまったようだ。叶うはずもない思いを振り切って、ヨハネスはゼオシスに微笑む。
「なんでございましょうか」
 すると、ゼオシスは腕を縁に乗り出してヨハネスを見上げた。
「お前は人間の行方をどう思う」
「行方と言いますと?」
「未来、運命、死。実に下らないとは思うがな」
 最近、ゼオシスに考え事が多くなったのは気のせいか。ヨハネスは内心思った。出てくる言葉は相変わらず酷い物が多いが、きっと彼は何かを抱えているのだろう。

 しかしヨハネスはそれを言及しない。少なくなった髪を撫でながら曖昧に笑った。
「私は、悲しいです」
「何故だ。死ねば何も苦しまない。辛いこともないだろう」
「私は若い貴方を前に骨と貸して棺桶に入るのが悲しいのです」

 かって、彼が浸かる液体は何かと聞いた事がある。もしや永遠の命を保つ液体かもしれないと考えたからだ。しかしヨハネスは人間の肌には合わないと言って以後は全く答えてはくれなかった。
 今回も同じだ。睫毛を伏せてヨハネスの答えを濁した。

 ゼオシスは昔から返答しようとはしない。いつも寸でのところで言い淀む。





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あきゅろす。
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