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「どうした? そんなぽけーっとして」
 レイとベリアルの格闘が終わって、集まっていた人も散ってきた広場をぼんやり見つめていた。
 すると、不意に隣から声が掛かったのだ。横を振り向けばレイが大きな瞳でこちらを見ている。
「えっ、いや、総督と戦うんだなって……。べっ別に聖十字<クロスロード>が恋しいなんて断じてないからね!」
「知ってるよ。ベルは私達の仲間だからね」
 レイはベリアルに微笑んだ。今は髪も下ろして、白い肌に黒髪が良く映える。
 思わず顔が火照ってきた。ベリアルは赤くかる顔を隠す為に、さきのタオルで汗を拭う振りをする。

 ベリアルは元々は聖十字<クロスロード>の兵士だった。戦場で捨て駒として配属された生き残りだ。瀕死で焼け野原に転がっていた所をレイに助けてもらった。
 そのせいか、以来、ベリアルの視線は無意識にレイを追い掛けていた。だが、レイを思う一方で、彼は聖十字<クロスロード>についてはよく知っていた。

「レ、レイ」
 ベリアルは心配で堪らなくなって、もう一度、レイの名を呼んだ。
「何?」
「本当に、僕らはこれで大丈夫なのかな……。聖十字<クロスロード>と真っ向対決だなんて」
 そんな事を真剣な顔で聞かれると、さすがにレイも黙りとなる。

 ローマカトリックの本部。永世中立を貫いていたヴァチカン教皇庁の最高位ローマ教皇をずり落としたのは、紛れもなく聖十字<クロスロード>だ。
 同時に五本山も落ちた。その時、五本山に支部が置かれた。アレクサンドリアもその一つである。

 それから今年で三百年が過ぎようとしている。
 レイ達、レジスタンス。または反乱軍とも呼ばれる彼らの目標は、かつて平和を掲げていたヴァチカン教皇庁の復活だ。
 しかし、聖十字<クロスロード>の支配は完璧で、ある意味での平和は築かれている。
 かつての平和が、今に通じるとは言えない。それに、聖十字<クロスロード>の支配下で大人しく暮らせば、確かにいろんな意味での平和が過ごせる。

 もちろんレイは、ベリアルが躊躇するのが分からない訳ではない。しかし――。
「私は……レジスタンスを信じるよ。それに“おかしな奴”だけど、手引きしてくれる奴もいるじゃん」
 気味悪い奴だけどな。レイは付け足した。そう、今回はクルーゼだけでなく、バックアップがいるのだ。それにはべリアルは大層気に入ってないらしい。
「い、嫌だな、本当にアイツ気味悪い。アイツなんかいない方が良いよ。それに、いてもいなくても小さな戦いにはならないんだよ。 相手は総督だって出てくるし……」
「大丈夫。ベルを使い捨てた総督なんて、私が殺してやるから。助っ人なんて要らないよ」
 ベリアルが持ち込んだ情報によれば、総督は今年で三百年、第二エリア支部に君臨しているという。
 ほとんど信じれない話だが、レイは一層、打倒聖十字<クロスロード>に燃えるのだ。
 なにしろ、その総督というのがベリアルの例を見ても、非人道的な手段が目立つ。最早アレクサンドリアには要らない存在だ。

 しかし、ベリアルは膝を抱え、恐怖から身を守るかのように小さくなって、呟いた。
「レイも、クルーゼさんも、みんな総督の強さを知らないんだよ……」
「クルーゼは分かってるでしょ。私達が前線に出る前から戦ってる」
「知らないよ。だって、総督に会った事がない。……戦場で総督の視界に入れば、最期なんだ」

 クルーゼというのは、レジスタンスのリーダーだ。レイやベリアルの若者や古参まで皆が信頼を置く。彼が指導者となって依頼、スラム街は一時平穏を保っている。
 だが、そんなスラム街もたった今だけは、控える聖十字<クロスロード>との久々となる戦いに高揚している。

 その中で一人、不安に揺れるのはベリアルだけだ。ベリアルは強く拳を握ると、吐き捨てるように呟いた。
「僕は、僕は……、みんなが死ぬところは見たくない」
 出来るものならば話し合いで解決したい。それがベリアルの本音だ。そしたら誰も死なずに済むだろうし、レイが無茶な真似をする事はない。彼女はどうも、力を過信して無謀な事をする可能性があった。
 ほとんどは、皆の身を案じてのものだ。
 しかし、レイはそんなベリアルが腑抜けに見えた。

 思い立てば速い。レイは拳を握り締めた瞬間、横で目線が下がったままのベリアルの頬を殴った。
 鈍い音と共に派手な砂埃が立った。さっきまで穏やかに二人で座っていたのに、急な変貌を見た通行人は思わず遠巻きに目を見張る。

 その当事者二人。座っていた場所から三メートル離れた所まで転んだベリアルは、何事かとレイを見上げた。
「いきなり何するんだよ!」
「黙れ! こんの弱虫、意気地なし、玉なし野郎! 死ぬのを怖がって何がレジスタンスだ!」
 それなりの顔を持っているのに、どこからそんな汚い言葉が出てくるのか。
 早口に言われたベリアルは口ごもりながら答えた。
「別に、死ぬのが怖いなんて言ってない」
「嘘吐くな。だったらさっきから弱気な事を何で言うんだよ。大丈夫かな、なんてそれこそ弱気な奴の言う言葉だ」
「弱気だって? 僕は只、みんなを心配したんだ」
「じゃあ、心配してたらみんなは生きて帰れるものなの」
「いや、そうでもないけど……」
「覚悟を持って、抵抗してるんだ。心配される事なんて、どこにもない」
 即答だった。ベリアルは口が切れていたのも忘れてた。それよりも、レイの言葉に衝撃が強かったのだ。

 最早、すっかり呆けてしまったベリアルは、何も言わない。これでは使い物にもならないだろう。だから、聖十字<クロスロード>に捨てられるまで反乱も出来ない訳だ。レイはそんな彼を一瞥して言い捨てた。
「そんなに死にたくないなら、さっさと聖十字<クロスロード>に戻って、総督の靴でも舐めて許しを請いていろ」
 そっちの方が、確実に生き残れる可能性はある。
 レイはくるり背を向けると、どこかへ姿を消して行った。
 彼女が振り返る事はけしてなかった。

 ベリアルが気付いた頃にはレイの姿は隣になかった。今更、彼女の拳の重みが顎に響いてきた。鉄の味がすると思い、唇を手の甲で擦ると血が着いている。なんと濃い味だろうか。
 そこで、初めてベリアルは重大な失敗をしたのだと、痛感させられた。
 すでに後の祭。恋い焦がれる彼女は、二度と自分を見ないだろう。



「おい、レイ。ベリアルはどうした? いよいよ明日だってのに、あいつ来てなかったじゃないか」
 戦闘の最終確認を各部隊にした後、リーダーであるクルーゼは部屋の隅で不機嫌な雰囲気を漂わせるレイに近付いた。
「クルーゼ。あの野郎、腰抜けなんだよ」
「散々な言い様だな。さては喧嘩したんだろ?」
「じゃなかったら、こんなに苛々しない」
「そうか。いよいよ嫁の貰い手もなくなったのか」
「ふざけんな、誰があんな“玉なし”なんか……」





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