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 総督。
 これが男の肩書きだ。

 見た目こそ二十代前半だが、その実態はアレクサンドリアに拠点を置き、以下南を統治する権力者。
 聖都ローマ・ヴァチカヌスに本部をおく組織、聖十字<クロスロード>の重鎮である。

 銀髪に、ルビーのような輝きを持つ紫の瞳。人間の遺伝子にこのような色の情報は組み込まれていないはずの色が彼にはあった。
 まさに異端の美貌。それがこの男、ゼオシス=イスラーフィールなのだ。

 微笑みこそ浮かべたら、もっと美しさが際立つだろう。女ならば目を奪われて、腰も砕けるほどに違いない。

 しかし当のゼオシスは、それを知らずか、ぶっきらぼうな口調で跳ね返した。

「何の用だ」

 朝から騒々しいという言葉が、その一言に集約されているようだ。
 ゼオシスの酷なほどに冷淡な声がそのまま回線を通じて相手に伝わってしまったのだろう。通話相手は躊躇いながら言った。

「ほ、報告致します。反乱軍がどうやら映像をネット上に発っした模様です。動画アクセスは既にランキング上位に入る程、いかが致しましょうか」
「何度上げたところで無駄な足掻きだな。言わせておけ。いつ投稿された?」
「午後四時丁度です」
「司令室に繋げろ」
「は」

 短く部下に言うと、ゼオシスは立ち上がった。
 そして自室と直結した司令室に備えてある大スクリーンのスイッチを押した。薄暗い部屋が画面の光でほのかに明るくなる。

 すると、数秒した後、荒い画質の映像が映り始めた。

 薄汚れたコンクリートの壁を背景にして、三人の顔を隠した人物が立っている。中央にいるのは反乱軍のリーダーなのだろう。頑強そうな大男だ。
 男は脇にあと二人控えていたのだが、ゼオシスは興味はなかった。一人は男だ。
 にしても、もう片方は男にしては華奢な印象を受けた。きっと女だろう。女ならば尚更興味はない。
 敢えて言うならば、あの日の少女だけだ。

 ゼオシスは数秒だけでも早送りして反乱軍のリーダーと思しき男が話し出すのを待った。

 雑音の混じった音声が流れる。


『……我々、レジスタンスから聖十字<クロスロード>及び第二エリア総督に警告する。
 我々は兼ねてからアレクサンドリアを開放し、ヴァチカンを返還する本部に進言する事を、要求している。
 そのヴァチカンは本来教皇庁の治める地区為であるが所以だ。聖十字<クロスロード>の治めるべき地ではない。そもそも――』

 うんざりする。

 何年も同じ台詞を聞いてきたこちらとしては、もう退屈だ。
 自らをレジスタンスと主張する反乱軍も、決まった台詞を毎度に言うのは、もうそろそろ飽きても良い頃だろう。

 それにも関わらず、男が言うのを聞く点から見るには、反乱軍は粘るらしい。
 ゼオシスは溜め息をついた。
 飛ばし飛ばしに早送りで見ても、反抗予告の詳しい日を言っている訳でもない。

「そろそろか……」

 大体のパターンがあるのだ。ゼオシスはカレンダーを一瞥した。

 ゼオシスから見れば、反乱軍の制圧は何年かに一回起きるイベントのような物だ。
 しかし、二度と向かって来ないようにと根絶しようにも出来なかった。何度殺しても、何故かまだ生き残りが潜んでいる。

 そして、何よりも今回ばかりはどうもゼオシスには気に掛かる事があった。

 もうすぐ十年前のあの日が近い。柄にもなく嫌な予感がした。

 スラム街の人間と初めて交わした会話はあまりにも穏やかで、平和だった。

 ゼオシスは睫を伏せて、思い返した。同じようにナイル川を見つめる私とあの少女の間に、闘争心などどこにもなかった。

 幸いにも、今回は五年ばかり期間を開けた反乱だ。おそらく、あの少女はまだ生きているかもしれない。
 どんな人になったろうか。動かない時を過ごす自分に対して、今は彼女となった少女は流れる時に身を置いている。

「出来れば、殺したくはないのだがな……」

 ゼオシスは相変わらずの無表情な顔で呟いた。

 聖十字<クロスロード>内でも上に立つ私に、情けは持ってはいけないものだ。聖十字<クロスロード>の為ならば、どんな犠牲もいとわない。

 そもそも、人間のような情は私には不要なのだ。

 そう自分に言い聞かせたゼオシスは、外套を羽織った。
 総督としての一日が始まる。
 そして、今頃下の階でたかが動画程度に慌てふためいているだろう部下達の収集に取りかかるのだった。



 アレクサンドリア郊外。南東。
 かつては穏やかな街並みが広がっていたそこは、温暖化により砂漠が拡大し、今となっては砂漠気候に近い地域と化した。

 そんな街の一角の広場で歓声が沸き起こっていた。人々が囲う中で一対一で拳に蹴りが飛び交う。
 するとタイルも剥がれかけ、砂が混じる地面の上に男は仰向けに伏せ倒れた。
 汗ばんだ肌に砂が着こうが気にしない。
 さっき腹に拳が入った気がする。朝食べた物が出そうにならないだけましかもしれない。腹は殴られて鍛えられ続けたからだろう。
 疲労感は最高だ。

 そんな彼に、無情にも笑いながら上に影を落とす人がいた。

「情けないぞ、男だろ?」
 笑うのはまさしくアルトの声だ。
 荒い呼吸で、悔しさに物を言いたくとも言えない。男はむせながら弱気に答えた。

「お、男だからって流石にレイの“馬鹿力”にはかなわないよ……」
「なっ何だと!」
「本当のこ――うぇっ」
「ベル、さっきの言葉をもう一回言ってみろ」
「ひぃ〜」
「『ひぃ〜』じゃない!」
「ごめんなさい。許して下さいっ。うわぁああ、すいませんってば〜」

 タンクトップを掴み上げて男を揺らす姿は勇ましくも微笑ましい光景だ。

 そんな女性らしかぬ言動の目立つレイ=ライファーであるが、黙っていればそれなりの容姿を持つのだ。

 青が混じった黒髪を一本に結う影にちらつく白いうなじは男を魅了させるものがある。
 空を切って貼り付けたような輝きのある瞳は大きく、鼻筋も整っている。
 それなのに、タンクトップからスラリと伸びる白い腕は男の胸倉を掴んで離さない。
 折角の容姿もそんな性格と言動で霞掛かってしまっている。

「レイ、ほどほどにしとけよー」
「ベルには手加減が人一倍必要だっての忘れんなよ!」
「分かってるって」

 観衆からの茶々に明るく返すと、レイは脱力しきっているベルという同年ぐらいの男を起こさせた。

「大丈夫?」
「水が、欲しい」
「はい」

 ベル、本名ベリアル=ヴァリューレスはレイから受け取ったボトルを喉を鳴らして飲んだ。
 その間にレイはベリアルの頭に冷水で濡らして絞ったタオルを被せてやった。

 本当のところ、レイは優しい。
 ベリアルはそんなレイに密かに心惹かれていた。口は悪いし、男勝りで少し短気だ。

 しかし、さり気なく人を気遣う姿は本来の容姿の良さも際立って見えるのだ。多分、レイはその事に気付いていない。

 なんて無自覚なんだ。ベリアルは思う。




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