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「優しいなぁ、総督閣下〜」
「優しいものか。私は何千、何万の人を聖十字の為に葬った。ただ、今から貴様をその内の一人にするまでだ。
 謝るなら今のうちだ。私に、這いつくばり、靴でもキスしたら許してやる」
「はぁ? 人を舐めるのもいい加減にしろよ……。
 一体、誰が、そんなんで頭を下げるかよ!」

 言うや早い。ファリクスは刀を一振りした。
 まさに、一撃。……かと思いきや、ファリクスの太刀の上にゼオシスは立っていた。二人の視線が交わる。ファリクスはどうも薄笑いを禁じ得ないらしい。ファリクスが顎で野次馬の方を指した。見れば、ファリクスの放った太刀は合図したかのように、剣を離れた刃がレイの頬を掠めたのだ。頬に痛みが生じるよりも早く、レイの右頬には赤い血が滲んだ。レイがファリクスのねっとりとした視線に気付いて、慌てて手を頬に当てて始めて剣気にやられたことが分かったらしい。
 赤紫の冷たい目はそれを見ると更に目を細めた。その目にレイの肩がその視線に震えたのが目の端に見えたが、次の瞬間にはゼオシスの視線は既にファリクスの喉を捉えていた。

「失せろ……」

 低く唸るようにゼオシスはつぶやくと、ファリクスの顎を蹴り上げ、人ごみの中に吹っ飛ばした。野次馬の円がわっと慌てふためきながら崩れた。そのためファリクスも壁に打ち付けられるかと思いきや、器用に受け身をとり、間一髪で顎を砕かれるのを避けたのだ。土煙の中にファリクスの姿はぼんやりと朧げになる。ただのカイロ市民とファリクスの姿が混ざるように見える。
 だが、ゼオシスが土煙が晴れるのを待つわけがなかった。その状態のファリクスに向かってゼオシスは躊躇いもなく、トリガーを引いて何発もの銃撃を浴びせたのだ。その銃声に悲鳴も同時にあがり、更にカイロの広場は無法地帯のように混乱に陥った。

 誰もがファリクスが早くも撃たれて沈黙したかの様に見えた。ゼオシスは土煙を睨み、再び銃口を突きつけながらその中にゆっくりと進んでいく。

「あっぶねぇなぁ」

 土煙が晴れていく。しかしそこに現れたのは二人の影。ファリクスは血で汚れながら笑みを浮かべて座り、哀れにもファリクスの銃の盾になったカイロの警官がうつ伏せでファリクスの膝の上に倒れていた。
 ファリクスも人を殺める中に生きた男だ。近くにいた警察を掴んで銃撃を浴びる前に自分の胸の中に倒して、身代わりとさせたのだ。警官はギリギリ致命傷を避けたようだが、喉は大きく開けられ、隙間風が通るような音がしている。
 身動きの取れなくなり、ぐったりと脱力する警官をファリクスは無情にも押しのけて立ち上がった。

「ったく、自分の元部下を撃ってどーすんだよー。可哀想に、このヒューヒュー言ってるのは肺に穴空いたぜ?
 ま、冷酷非道で名高い総督様は末端の部下など単なる駒ですからねぇ。気にも止めないみたいだなぁ」

 ファリクスはもがく警官を足のつま先でつつきながらニヤニヤと笑った。そのせいで益々野次馬は悲鳴と絶叫と興奮の渦で湧いた。そそくさと逃げ出す者、むしろ今はそれが賢明な判断ではあるが、そんな者がいる一方で恐怖半分ながら動けずにいる者も多くいた。

 なんて奇妙な空間なのか。その奇妙さの原因も、アレクサンドリア総督が姿を現して民衆の前にいるからだろう。どんな人物かすら、どうせ人々の前には表れないと諦めの様な、それを当たり前と思っていたのがいきなりにして空想から出てきたのだ。
 興味半分で人々は見てしまったのだ。

 そのゼオシスはファリクスに銃口を突きつけたままだ。彼は思った。このまま撃つことだって出来る。しかし撃ったとしてもファリクスは再び誰かを犠牲に生きるだろう。別に誰がどの命を奪おうが知ったことでない。そう思っていたが、どうも冷酷非道の印象に逆らってみたくなったのだ。決められた、用意された道からたまには外れてみるのも悪くなかろう。
 ゼオシスは銃を下げると腰に隠しつけたホルダーに収めた。それにはファリクスも驚いたらしく、片目が丸く見開かれた。しかしゼオシスはファリクスに歩み寄る足を止めない。
 それに対してファリクスは剣を握り直して、切っ先をゼオシスに向けた。鋭利な切っ先は渇いた太陽の日差しに鈍く煌めいた。何人も切っているだろう刃には刃こぼれは見当たらなく、美しい弧を描いている。
 ファリクスは敵の意図が分からなくなった。一体何が目的か分からない。こちらは殺す気で挑んでいるのに、ゼオシスはそれを理解しているのだろうか。思わずそんな気持ちが声にも出た。

「何のつもりだ?」
「その剣を下ろせ。その関係のない警官を巻き込むのは趣味でない。こちらにそいつを渡せ。私の元末端の部下だ。貴様の物ではない」
「は……?」

 ファリクスは拍子抜けした。一体何を言っているのか分からなくなった。パクパクと言葉が見つからなくて口を動かしていたら、ゼオシスはしゃがみこんで先ほどファリクスが盾に使った警官を軽々と拾い上げ、立ち上がった。




 

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