序章
“PERSONA”
何か衝動的に事を起こした後は不思議に心が落ち着く。
普段はペルソナに隠した自分を一気に解き放つのだ。
爽やか初夏の風が脳を駆け抜ける。わだかまりをどこかへ持ち去っていく感覚――なんとも爽快な気分だろうか。
頭がすっと冴え渡る。
そして気持ちが軽くなったら再びペルソナを被るのだ。何事もなかった顔をして振る舞う。
道化の如く。
それは今に始まった事ではない。
子供の頃から私は何かと溜め込みやすかったのを覚えている。
例えば、悩み事など誰にも言えなかったりした。疑問も持ってはいけないと思っていた。
常に感情は抑えて生きていた。
その頃は迷惑を掛けたくないという一心だったのだ。
可愛げのない子供だったと思う。我慢する事が偉いことだと、誰が言っただろうか。
しかし当時の私は、大人に従順だというだけで誉められる事に満足していたのだ。
時には我慢の限界を上回りそう事があった。
最初は困惑した。
汚い自分が見られてしまう。愚かだと思われてしまう。そんな醜い自分が嫌で、自室に引きこもりもした。
我慢すればするほど辛くなる。このくすぶる感覚。
この感情解き放つ事が出来たら、どれだけ気が楽になれるだろう。本心を表に出せたら、どれだけ良いだろうか。
……果てしなくそんな事を考えた。
いつしか、私は自分の事なのに本当の自分が分からなくなっていた。
さらけ出すにも何を露わにしたら良いのか。分からない。
もしかしたら露わにするものはなくて、今の惑う自分が本物だとしたら?
恐ろしい奇妙な感覚に捕らわれていた。
最初のうちは、限界を知る回数を重ねていくと限界は高くなっていったものだ。
本当はそこで一回でも吐き出せば良かったものを、私は高くなる限界に甘んじていた。
今では後悔、先に立たずとは良く言った言葉だと考えさせられる。
そう、ある時から限界が簡単に脆く突き破ってしまいやすくなってしまっていた。
知らない内に感情が膨れ上がり、今、自分が何をしているかが分からなくなる。
気が付いたら違う場所にいたり、強すぎる力を宛てもなく奮ったりした。
犠牲は、私でも数知れない。
堕ちた私は、以前に増して孤独となったのだった。
最早、自分の行動が重圧でしかない。私が何か動けば、誰か傷付いてしまう。
傷付けたくない。他人が持つ、人間としての理想に合いたい。
なのに私は最悪な形で人を貶める。
我に返るまでの解放感から抜け出せないのも原因だろう。
麻薬のような浮遊感。鳥が篭から飛び立つような感覚だ。翼を広げて、空気を切り裂き、風に乗る。盛り上がる雲の列島を渡り、空を舞う。
全てを制した気分になる。
さながら、神経が濃霧に埋もれた薬中毒(ジャンキー)とでも言うのか。なんとも、イカれた男である。
神経まで持って逝かれたらしい。
もっと私が強ければ良かったのに。
いつしかこんな惨めな気持ちを味わうように私はなった。
どれだけ解き放っても、また溜めて傷付けるしかない。誰も私を顧みる人間なんていないのに、私は鉛のような孤独感に喘いでいる。
私の限界は歳月を重ねるほど下がり、意識は私から簡単に消え去っていく。
狂いに蝕まれる神経。闇の淵に投げ出された。誰もが指を差して私を「悪魔」と呼ぶ。
神よ、いるならば答えろ。これは私の弱さか。どうして私はこんなに堕ちたのか。
烏滸がましく傲慢そのもののルシフェルにすら劣ってしまう。
私がいつ、貴方に刃を向けたというのか。いや向けていない。
私の片足は馬の蹄ではないのだ。
本心をさらけ出してしまいたいのに出来ない歯がゆさ。もどかしさ。怖さ。
堕ちたくないのに堕ちていく。
堕天の烙印。
私は貴方に忠誠を誓ったのに、貴方は私を棄てるつもりだと言うのか。
もう、神など宛てにならないのかもしれない。
ならば、誰が私を導いてくれるのか。
私は出口のない闇をさ迷っている気がした。
別に仮面を剥いでとは言わないし、私を知れとも言わない。大きな欲はない訳ではないけれど、さ迷う私には眩しすぎるからだ。
ただ、その中で、私は誰かが手を引いてくれるだけで良い。
彷徨に光を見たかっただけなのだ。
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