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「その物騒な刀を降ろせ」
「……遅いぞ、何をしていたんだ」
「いや、銃さばきを見ていただけだ」

 ファリクスが振り返って見ると丸腰の黒髪の男が立っていた。黒縁の眼鏡の奥に赤紫の瞳が煌めく。静かな闇を映したような、それでも色彩の鮮やかさは際立つ。その人口的な光彩を持つその瞳にファリクスは見覚えがあった。
 思わず、目を見開いてしまった。

「女に刀を向けるとは、感心しないな」
「そりゃどうも」

 ファリクスは裏返りそうになる声を平静ぶるのに必死だった。
 ファリクスは男を知っていた。今でこそ深く落ち着いた色をしているが狂気を宿した瞳だった。苛烈で血を浴びた紫水晶のようなものだった。その男はファリクスが僅か齢九つの目を抉った。忘れる筈がない。以来空虚に閉じた左眼を眼帯で覆ってきたのだ。
 そして今、男の瞳と目の前にいる男のものは同種の産物。
 ファリクスは確信した。
 そしてリリーとアスタロトがカイロに行けば分かると言った意味が分かった。これは完全に捨て駒である。ファリクスは下唇を噛み締め吐き捨てた。

「アスタロトめ……カイロに俺を送ったのはこのことか!」
「アスタロト!? 奴が絡んでいるのか?」

 女の方もアスタロトの名前に聞き覚えがあるらしい。どうやら、これは悪魔の名を負う衆の掌の上で踊らされていたのは確定した。ファリクスも、ゼオシスも、レイも悪魔の一味にまんまとしてやられたのだ。ファリクスは切先をレイからずらさないで、冷静に思考した。
 悪魔とある意味契約交わしたのは俺だ。その結果、聖十字<クロスロード>の尻尾を掴んだ。悪魔との契約は等価交換、つまりカイロという棺を用意されたか。ファリクスは女はさて置き、男を睨んだ。

「まぁ、いい。利用されてやろう。これはどういう巡り合わせか分からねぇが、俺はその目の色に見覚えがあるぜ」
「……生憎、お前を知らないな。人違いだろう」
「馬鹿いうなよ、そんな人口的な目ん玉。なかなか世の中にお目にかけられないな」

 ファリクスはレイに刀を向けたまま、ゼオシスの目を指差した。眼鏡の奥にある赤紫の目玉こそ敵の印であった。
 下がってきた眼鏡の黒縁を人差し指で上げて、ゼオシスは自分の素性を知る素振りを見せる男の様相を観察した。赤茶けた髪に、黒地に刺繍の施された眼帯。茶色の眼力鋭い目と、どこか北のスラヴ系を思わせる顔立ち。服装は黒装束に身を包み、おおよそ影の様に刀を持つためだろう。

 ゼオシスは睫毛を伏せて、そこで一つの結論を導き出した。第二支部陥落してからやけに裏社会は姿を見せるのがはやい。自分の立場が失った大きさを思い知ったが、あくまでまだ身を明るみに出すのは早すぎる。この男が社会に晒そうとしても、第二支部が崩壊したニュースでも大きいのに自分の素性を明るみに出せばもっと面倒になるに違いない。
 ゼオシスは両手を挙げた。

「何の真似か分からないが、カイロは市民の街だ。一般庶民に手を出すのはよくないだろ。お前はカイロの人間じゃないようだな。すぐ元いた土地へ帰るべきだ」

 おそらく一番ゼオシスに言われたくない言葉であろう。それを重々に理解しながら驚きの眼差しを向けるレイに目で銃を降ろすように訴えた。
 すると読みのいいレイは眉を潜めながら、ゆっくりと銃を降ろした。
 ファリクスはその一連のやり取りを鼻で笑いながら言った。

「“一般庶民にしては”いい番犬を連れているみたいだな」
「自慢の番犬だ。とてもよく出来る」
「ふん、見えすいた嘘を並べても何もならないぜ」

 レイに代わってゼオシスの喉仏に突き付けられた切っ先が、路地裏に降り注ぐ太陽の光で煌めいている。ゼオシスの後ろには後ろには人通りの多い路地への道が細く伸びていた。その瞬間、ファリクスがゼオシスに太刀を浴びせて、赤く染まりながら仰け反ったゼオシスを蹴り飛ばした。

「キャアアアアア!!」
「イスラーフィル!」

 悲鳴と、レイの叫びがカイロの街に響いた。
 人混みの大きい路地に吹っ飛ばされたゼオシスはレンガの壁に体を打ちつけてそのまま崩れ落ちた。白いシャツが血と砂埃で汚れてその傷の凄惨さを物語っているようだった。そしていきなり平穏の中に血を吹いた男が出てきたことに、辺りは騒然となって悲鳴や人集りといった混乱状態にカイロはいきなり落とされたのだ。
 ファリクスはその空気を物ともせず、血のついた刀を一振りしながら路地裏から出た。

「そんなヤワな体じゃねぇだろ! 下手くそな演技はやめてさっさと立て!」
「っ、カイロの市民に手を出すな……!」
「ハッ、いつまで善人面してやがる。こっちはお前の正体が知れてるんだよ!」

 ファイスはゼオシスを切っ先で指して言った。しかし、ゼオシスは今、黒髪の鬘と黒渕のだて眼鏡、白いシャツと黒のパンツといった出で立ちで、いかにも場違いな風貌のゴロツキに絡まれた不幸なカイロ市民にしか見えない。
 いきなり切られた後に蹴飛ばされて、乾いたレンガの壁に叩きつけられたなんて可哀想な話だと言わんばかりの空気が周囲に流れている。

 そこで、周りの見物人の中から漸く慌てて警官らが駆けつけた。所属はアレクサンドリア第二支部であるが、末梢部隊にすぎない。しかし返って崩壊の危機を逃れたみたいである。ゼオシスは自分を失ってもまだ機能している役職があるのに驚いた。
 そこで、このレンガの壁の下に蹲る青年が自分達の上司であることはつゆとも知らず、警官らの内一人がゼオシスに近寄った。

「君、大丈夫かい!」
「……まぁ、」
「奴は恐らくファリクス=クズネツォフっていう裏では名の通った殺し屋だ。正義感も良いが、ここは我々に任せて逃げなさい。
 今やアレクサンドリアが謎の崩壊して総督が行方不明の状態で、今まで抑えられていたものが吹き出て治安が悪くなっている。……総督のいない今は危険だ。
 市民の皆さんも避難するように!」

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