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 時間を遡る事、先日になるが、ファリクス=イヴァノヴィッチ=クズネツォフがカイロに着いたのは夜中の事だった。
 スエズの地でリリーと落ち合わなければ、カイロに向かう機会などなかったかもしれない。

 ただし、アスタロトの運転はけしてファリクスを眠りに誘うとは言いにくいものだった。ジープ自体はなかなかに良かったのだが、いかんせんアスタロトの腕が恐ろしかった。高速道路を飛ぶように駆け抜けるアスタロトはやはり変だ。あれでよく人を轢かないものだと思う。普段車酔いをしないファリクスでも、流石に顔が青ざめた。降りた後の足の覚束なさは今まで経験した事がなかった程だった。
 そのアスタロトが言うには、お楽しみは明日の朝刊だと言う。あの嫌な笑いから想像し得るのはどうしてもマイナスにしか繋がらない。
 そんな気持で、ファリクスは用意された安っぽいホテルで昨晩は寝付けなかったのだ。安っぽいホテルというより、元々ラブホテルのところを改装したボロボロなホテルだ。乾燥した風が窓ガラスを叩きつけて、隙間風がびゅうびゅうと部屋に入り込む。なかなか寝付けない夜にファリクスは布団を頭から被って寝ろ、寝ろと暗示かけた。

 だが、朝になって、何やら外が騒がしい。もともと眠りの浅いファリクスは何事かと眼帯だけは締めて外に出た。寝不足でぼんやりとする目をこすりながらホテルから出てみる。

 すると街の少年が号外を配り歩いていた。何やら騒がしいのはこのためだ。一部、少年に人差し指で部数を示し、代金を支払う。まいどあり、と大きな声に手を振った。そして手にしたら、なんと聖十字第二支部が壊滅という大見出しが踊っているではないか。思わず目を擦って何度も見直したものだ。寝ぼけていた頭も思わず覚醒する。
 つまり、アスタロトが言った明日の朝刊のお楽しみとはこれだったのかと唖然とする。

 最早ファリクスは着いて行けなかった。
 スエズに残るサルヴァトーレも一流と名高い情報屋だが、果たして此処まで読んでいただろうか。
 やはり、彼らは悪魔の名を語るだけあって、もたらすものはそれ相応の禍だった。

「とんでもねぇのに着いてきちまったらしい……」

 ファリクスはカイロの比較的平民的な風情の街中を歩きながら呟いた。未だ号外を握り締めて落ち着かない気分だ。

 何でもアレクサンドリアに総督の遺体がないという。総督自体も不思議な存在で、三百年の時を統べる得体の知れない奴だ。 あまりも彼に情報はなく、外見も不詳。特に第二支部総督は人前に姿を現さない。
最後の情報が二百五十年前の国連代表との会議に臨んだときだけだとサルヴァトーレは言っていた。

 しかし、ファリクスは二世紀も前の話など信用出来やしないと言って、当時の新聞記事を見もしなかった。そもそも、こっそり総督は交代されているものだと考えているからだ。きっとアレクサンドリア第二支部の総督はイスラーフィルの名を代々受け継いでいるに違いない。共通の身体的特徴をして。
 兎も角も、他に類を見ぬ存在だ。だがそんな男の行方はいざ知らず。

 そして不思議と言えば、カイロの住人はアレクサンドリアが壊滅して聖十字がダメージを受けた事よりも、総督が忽然と姿を消した事に持ちきりだ。

「アレクサンドリア公は大丈夫なのかしら。無事だと良いわ」
「第四エリアのように第二エリアの治安が乱れないと良いのだけど……」

「レジスタンスに殺されたのか?」
「馬鹿言え、レジスタンスも壊滅だと言うじゃないか。それに総督が負ける訳ないだろ」

「アレクサンドリア公がいなくなったって事は、誰が第二エリアを統治するんだ?」
「イェスラエル公かしら。誰でも良いのだけど、本音を言うと、やっぱりアレクサンドリア公が良いわ」

 聞いていれば、カイロにおいては聖十字第二支部総督は言われる程に悪名高くないらしい。むしろいないと困る存在だという。

 極限られた地域、といってもカイロにおいては、どうやらアレクサンドリア公は慕われているみたいだ。
 そんな事を考えている内に中・上流階級の人が賑わう通りに出た。
 眼帯に民族的な紋章の入った外套と、何より物騒な長剣という出で立ちは些か目立つ気がする。ファリクスは場違いだったと思い、来た道を引き返していった。

「アスタロト、こりゃどういうことだよ!?」
「まぁまぁ、そういうことだよ」
「テキトーなこと抜かしてんじゃねぇよ!」

 ホテルに帰ってきてファリクスはアスタロトへ電話をかけた。画面に映ったアスタロトはクラブにいるのだろう、女の膝の上に頭をのせて満喫している。たわわな胸がアスタロトの耳を掠める。そのアスタロトの状況は正直羨ましすぎた。ファリクスは歯ぎしりしる。
 アスタロトらSATANは何を考えているか分からない。ファリクスは画面を揺さぶりながらアスタロトに噛み付いた。

「第二支部が陥落ってどういうことだ? お前ら、何を企んでいる」
「企む? 心外だなぁ、俺は復讐に燃えるアンタを買ってカイロに送り込んだんじゃねぇか。もっと感謝されてもいいはずだぜ?
 ま、その様子だとお目当てのブツは見つかってないみたいだな」
「送り込んだ……?」
「そう、リリスぁお前の力を買った訳だよ。アレクサンドリア第二支部総督を殺すぐらいの力を持っているってことさ」

 アスタロトはむくりとクラブの女の膝から起き上がって画面に顔を寄せた。蛇のような狡猾な目だ。ファリクスは思わずぐっと推しだまってしまった。葉巻を加えてニヤニヤと笑う画面いっぱいのアスタロトの顔は妙に有無を言わさない脅迫の勢いがあった。

「いいか? 無学の頭、耳よーくほじりながら聞けよ! 
 この街には総督と総督の女がいる。総督の身体的特徴は銀髪と赤紫の瞳、人工的な造形だ。仏頂面だが、つれている女をどうにかしたら取り乱すだろう。女は元レジスタンスのエース、レイ=ライファー。どうにかしてしまえ!
 俺たちは首領の言いつけで、その総督を自然な形で生け捕りにしてやらなきゃならない。結局は殺すんだが、ファリクス、テメェは生け捕りにするための大事な任務として総督の僕ちゃんを何とかして引きずり出せ。あとはお前にゃ厳しい仕事かもしれないから、俺がやるぜ。リリスと違って、SATANの内情漏らすような危ない橋は俺は渡らない主義だからな!
 早くしねぇと、第四支部の狂犬が動き出すかもしれねぇ。モタモタすんなよ!」
「おい、それって俺はただの駒って訳かよ?! 俺はやだぜ、確かに総督を殺すべく生きている。だが、お前らに俺を利用させてホイホイついていく訳ねぇだろ!」
「あー、そういうの面倒くさい。大丈夫、お前を悪いようにしないさ。俺の仲間をお前の部屋に送り込んでいる。もうじき着くころさ。
 なぁ、メフィスト! もう着いてんだろ?!」

 
 ファリクスはアスタロトが別の名を呼びかけるものだから、得物を片手にドア近くに音もなく忍び寄った。ドアの穴から外を見てもメフィストとやらの影はない。ファリクスはじっと息を潜めた。アスタロトの仲間など信用出来るかどうか分からない。やすやすと部屋に入られてはたまらないのだ。



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あきゅろす。
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