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 しかしゼオシスの返事はぶっきらぼうで、女店員がみるみる意気消沈していくのは遅くなかった。

「プレゼントではない、連れ添ってる女に丁度良いのを探してる」
「こ、こちらのドレスはどうでしょう? 今期の最新作でございますのよ。ホホホホ……」

 乾いた笑い声を発する店員にゼオシスは眉を潜めた。女性店員としては、連れそう女とは恋人を連想してしまったのだ。しかし、やむなく連れ添っている女とは元反乱軍の貧民街の娘だ。眉間に深いしわを寄せる癖のあるゼオシスは総督職を失ってもその傾向があったが、それは十分に人を怯えさせる効果があった。
 とりあえず提案された黒いドレスを手にとって、しかめっ面の下、ゼオシスはドレスを纏ったレイの姿を思い描いた。確かに見た目の容姿はよく見れば人間にしては整いすぎているぐらいなのだが、如何せん、粗野で落ち着きのなく品がないのだ。
 頭から紅茶をぶっかけられたことを思い出して次こそは苛めてやると密かな決意をした。泣いて擦り寄るぐらいに洗脳してやってもいいのだ。思わず物騒な思考になる。

 しかし表面では相変わらずの鉄仮面だ。店員はドレスが気に入らなく張り詰めた顔にさせてしまったと見たのか小さく悲鳴を上げて言った。

「こ、こちらのスカートはどうでございましょう? 腰周りにあしらったリボンでウエストラインを引き締めて女性らしい雰囲気がありますわ!」
「スカートを履く姿を想像できない。大人しくしていられない愚民なのだ。一度躾してからスカートは考える」
「し、躾……?!」

 何故店員が怯えるかは分からないゼオシスはショーウィンドウ越しに銀髪が鬘から漏れているのではないかと確認した。だが、目立つ銀の糸は見えない。その代わり見えたのは通りを歩く青……。

「――?」

 ゼオシスは目を疑った。ガラス張りのウィンドウから見える、一際浮いた姿の女性。背中に踊るあの青は正しくレイだ。黒に混じる青は天然らしく、けしてファッションではない。更には異質な髪色も強いてながら、背もそれなりに高いので目立つ。
 ちなみに、ゼオシスがいるあたりはカイロでも中級階級以上の人間が行き交う場所だ。
 総督の別荘がある地域なのだから当然の話だが、無論、砂っぽい服で歩ける所でない。良く堂々と歩けるものだ。
 見ろ。周りの人が目をひんむいて見ているというのに。
 ゼオシスはますます眉間に皺を寄せて唸った。

「……クソ」
「如何なさいました?」
「……いや、急用が出来た。日を改めて来る」

 一体どこから抜け出してきたのか分からないが、一刻も早く屋敷に引き戻さなければいけない。店員が折角の客を逃して残念そうに肩を落とすが仕方あるまい。
 ゼオシスはドレスを店員に押し付けて店を足早に立ち去った。



 一方レイはその頃、綺麗な街並みに目移りしていた。 今まで風の噂にしか聞いた事のない美しい服や装飾そして香しい料理の匂い。ショーウィンドウを覗き込んでは、輝かしい品々に嘆息する。スラム育ちの為に文字が大して読める訳ではないが、ゼロの数を見れば高級品というのが分かった。本当なら総督を探しに街中へ出たはずが、すっかりカイロ市中の観光となっている。本来の目的を忘れてレイは煌びやかな世界に目移りしていた。

「うわっ、凄い……。総督はこんなん食べてるのかなぁ」

 ショーウィンドウを覗き込んで見る食べ物は、大抵レイは見た事がなかった。レトルトも贅沢品に入るスラムの食卓とはまるで違う。模型とは言えど、本物さながらな盛り付けや艶にレイは喉を鳴らした。そういえば目が覚めてから何も食べていないのだ。
 総督の出した紅茶でも受け取っておくべきだったか。レイは腹の虫が鳴りそうなのを抑えようと腹を擦った。

 にしても、なんとも惨めな事だ。金さえあれば食事は満足に出来る。スラムでこんな高級食品をレジスタンスの皆で一度だけでもいいから食べたかった。二度と実現できぬ夢にレイは溜め息を吐いた。
 見るだけでも幸せになる。それだけでも十分な贅沢だろう、レイはそう考えることにした。

 すると、その時だった。
 レイは後ろから手を引かれたのだ。
 直ぐに店と店の間の小道に引き摺られて行く。レイも馬鹿力と評されるぐらいに力強かったが、裏地に連れ込んだ者の力はそれ以上だったのだ。

「んーっ! んーっ!」

 叫ぼうにも口を押さえられて出来ない。恐らくレイが表通りから消えるのに気付いた人はいないだろう。それか敢えての知らん顔か。レイはなす術もなく、されるがままに奥に連れてこまれてしまった。

 そして人通りの少ない道に連れて行かれたら、そこは大きな別荘のような建物の近くで、そこは先ほどレイが脱走したとこらだった。門の中に連れ込まれ、ようやく口を解放された時、レイは怒鳴ろうと口を開けた。
 だが、口に人差し指を当てられ、制せられる。帽子の男は眼鏡を傾けた。

「シッ……私だ」

 黒い帽子で髪色は分からないが、眼鏡をずらせば光る見覚えのある赤紫の瞳があった。

「総督……」

 レイの呟きを他所にゼオシスは帽子を取った。黒髪が零れる。
 いつもの銀髪ではない黒と赤紫……。
 レイは思わず目を奪われた。
 相手は総督だとしても懐かしいような、胸に込み上げる何か熱い物をレイは感じた。喩え鬘と分かってはいても、見ずにはいられない。
 まさに、先ほど総督の部屋で見た男にそっくりだったのだ。表情は総督らしく仏頂だが。そう考えてみると、キリッと頭が痛む。体は思い出す事を拒否しているようだった。しかし、レイは気になって仕方なかった。
 黒と赤紫、もしくは真紅だったろうか。レイはこのコントラストを実際に見た事があるとレイは直感的に悟った。 それはいつだったろうかは忘れてしまった。遠い昔の気がする。多分自分が幼い頃だったはずだ。それもクルーゼに拾われる前の、忘れていた自分の生い立ち……。

 そうレイが呆然とゼオシスを見上げていると、不意に本人は溜め息を吐いた。くしゃくしゃと鬘を外したら銀髪が現れた。どうひっくりかえっても、イスラーフィルは総督だ。レイは訝しげな面持ちになった。しかしゼオシスとしてはまるで心外だ。まさか二階から脱走するとは思わなかったのだ。二階窓を端から確認すると、確かに手前から二つ目の窓が全開である。このじゃじゃ馬娘は何がしたいのか。
 思わずゼオシスはレイの肩を掴んで怒りを露にした。それはレイが初めて見る総督の顔だった。

「何故一人で歩いているんだ、そんな汚い服を着ていたら目立つだろう! ましてやその特殊な髪も人目を惹くと言うのに!
 それに加えて折角貴様のために服を買い与えようとしたのだ……。しかし貴様ときたら屋敷を抜け出してカイロの街に出て行くなんて、身のほどを知れ!」

 人を言えた身ではないが、と云々文句を言う。ゼオシスは気付いてないが、女性を見捨てる程に彼はまだ良心を失ってはいなかった。気が済むまでゼオシスはぶつぶつと小言を呟き続けた。

「――全く、今回は仕方ない……。二度と私のいぬ間に出るな。次出たら首輪を着けてやる。……ほら、帰るぞ」

 言語道断な文句が含まれているのに指摘する者はいない。レイはぼんやりと心此処に在らずと言った具合である。
 そう言ってレイにゼオシスは手を伸ばし、彼女を一瞥した。否、一瞥したつもりだった。





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あきゅろす。
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