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 思い返せば、総督の跡を付けていたのだ。総督にレジスタンスを壊滅させる隙はなかった。そんな隙があったなら、レイがその手を阻んでいる。阻めなくとも何らかの手を打とうとするだろう。
 じゃあ、一体誰が何のために? アスタロトは何を隠しているのか。アスタロトの後ろにあるのは何なのか。レイはシーツの端を握りしめた。
 下唇を噛み締めて震えるレイのそんな姿をゼオシスは横目で見ていた。

「……やっぱり、総督なんて嫌い。大っ嫌いだ」

 宛てもない苛立ちを適当にゼオシスにぶつけてみる。
 我ながら拗ねた子供のようだと思う。これで総督どんな反応を示すだろうか。試すように、むしろ多分誰でも良いから構って欲しくなったのだ。じっとゼオシスを見上げた。猫目の深い碧眼が感情を映さない紫水晶の瞳を捉えた。
 しかしゼオシスは目を細めて冷たくあしらうのだ。

「想定内の言葉だ」
「何、それ」
「レイが起きたら言われる第一声の候補にあった」
「っ、そういう総督の態度も嫌い! 人でなしっ! そんなんだから冷酷非道と言われるんだよ!」
「そうか」

 全てを見知ったようで傲慢に見えるが、一方で表情は優越感の一つも感じさせない。全く変化のない。レイは腹が立った。その余裕に見える、様が嫌いだった。ありったけのゼオシスを非難する言葉を並べてレイは涙を流した。それを見られるのが嫌でレイはシーツに顔を埋めた。
 だがレイは知らなかった。
 ゼオシスの瞼が微かに震えている。しかしそれはゼオシス自身も無意識だった。感情を圧し殺し、尚も仮面を被り続ける。十年前の夢で慰めるしかない。こんな時に気を利かせて肩でも抱いてやればいいのかもしれない。
 しかし、レイは膝を抱えこんで頭を伏せているから分からないことだろう。

 彼女と再会したからといって、期待はしていなかった。が、やはりいざレイに言われるとあまりにいい気にならなかった。
 もどかしい感覚にゼオシスはそれ以上の、他人からみれば皮肉な調子の文句を遮った。

 ゼオシスはレイに放られた紅茶のカップを手に取ると、肩にシャツを掛けた。カップが割れてないことに胸を下ろす。
 ゼオシスはぼんやりと思った。
 本当なら、あの時口に接吻していた。あまりに綺麗に成長した彼女を、手に入れたいとさえ思った。正直、占有してしまいたかった。親元を離れて、故郷も失い不安定な精神状態が続くレイにつけこめばゼオシスの意のままに変えれたかもしれない。
 しかしそれも実に愚かな心理だ。人間の醜い独占欲がまだ自分にもあるものかと自嘲する。

 現実では、香りも味わいも考えた紅茶はレイによってはね除けられたのだ。
 結局、レイを思っても憎しみしかレイは発しないかった。きっと今後も変わらないだろう。ゼオシスは溜め息をついた。
 永遠を生きる自分に彼女は一瞬の通過点しかない。無理矢理に自己完結させた。

「……もう、総督の全てが嫌い。嫌い。キ・ラ・イ」

 そういえば、自分は既に総督ではないのだった。ゼオシスは嫌いとばかり繰り返すレイの幼いこだまを背にドアノブを捻った。
 そこで出ていけば良かったのを、ゼオシスは振り返ってレイに告げた。

「――一つ言っておく。私を総督などともう呼んでくれるな。私はゼオシス=イスラーフィール。名前ぐらい、私にだってある」

 幼稚な、拙いとさえ思ったこだまに何をむきになったのか。
 ゼオシスは呆気にとられたはっと涙で縒れた顔をあげたレイから身を隠すようにドアを閉めた。
 閉めた扉の向こうから、嫌いの連鎖は聞こえなくなった。ゼオシスはドアにもたれかかり、ため息をついた。人間は難しい。そのペースに巻き込まれている自分がいる。こんな姿を見て、かつての部下は何と言うだろうか。ゼオシスはそっと自嘲的に舌打ちした。



「……な、何だよ!」

 閉められた扉を見て、レイは憤然となった。少しぐらいの動揺も見せないで、総督、イスラーフィールはどこかへ去ってしまったのだ。枕を抱いてレイは不服そうに頬を膨らませた。やはり頭にくる奴だと思う。
 だが、静かな空間のせいかレイは憤りもすぐに収まり、ふと睫毛を伏せて思い巡らせた。
 動揺、というより意地か。
 無表情で無感情の面白味のない男かと思いきや、去り際に自分の名を残していくとはレイの先入観が少しずれた気がした。少しは人らしい気持ちもあるのではないかと感じたのだ。孤独に慣れた背中は余りにも自然だった。ここで気を利かせて背中でも抱いてやればいいのかもしれないが、相手は「元」総督なのだ。

 レイはそっと起き上がると、ドアノブに手を掛けて回した。ついさっきはね除けたにも関わらず、可笑しな話だが、総督を呼んでみた。

「おい、総督……」

 しかし部屋から顔を出すと、そこは長い廊下が走っていた。自分が連れてかれた部屋は本当に総督自身の部屋らしい。総督というからもっと洒落た家具が置いてある訳でもなく、あまりに殺風景だ。とは言ってもビップには変わりないので、掛けてある絵画や飾られた花はどれも安くは見えない。
 益々気まずくなったレイは上品な赤いカーペットに足を踏み出した。わっと声を思わず出してしまい、その柔らかさにレイは驚きを隠せなかった。


 しかしだだっ広い空間はレイにはあまりにも不慣れであった。狭い世界に慣れていた為か、塵一つ積もってもいない清潔な所は居心地が悪い。
 早く外に出てしまいたい。そして身の回りの状況が全く掴めていなさすぎた。素直にイスラーフィルにでも聞いておけば良かったのだ。レイは広すぎる空間に臆してドアノブを体に引き寄せた。

「総督、どこだよ! 総督、総督! そうと……イスラーフィール!」

 そこらにいる野郎より使えるというのは嘘っぱちだ。レイはアスタロトの顔を思い出すと歯軋りした。
 仕方ないので扉を閉めてやったが、何をどうすればよいのか分からない。さて、これからどうしたものか……。
 しかしレイは元来じっと出来る性分ではない。先ず外に出る事を念頭に部屋を見回した。するとそこで壁にかけてあった、小ぶりの額縁に入ったある古びた一枚の写真にふと、目が止まった。

 黒髪に真紅の赤髪が束になって混じる、猫っ毛の男の膝に銀髪蒼紅の子供が座っている写真だ。男は優しそうな紅の目で、柔和に笑っていた。子供は恥ずかしそうに頬を染めて、しかしどこか嬉しそうな顔であった。
 この子供は、ゼオシスの小さい頃なのだろうか……。今の鉄仮面からは到底想像のつかない写真だ。小恥ずかしそうにはにかむ幼い顔はまさに天使のような可愛さがあった。そして男が誰なのかは知らない。しかし、レイもその穏やかな微笑みに懐かしさを感じた。包容力のある、温かみのある人であった。
 よっぽど大切な写真なのかもしれない。レイは何とも言い難い表情でその額縁の写真を見つめていた。ゼオシスが心の中にしまい込んでいるのはなんだろうか。気になるとどうしても体が落ち着かなくなってくる。
 レイはふと窓辺に手をかけた。開けてみると、二階建ての建物らしく高さ五メートルほど。案外降りれそうである。レイは身を乗り出してひらりと窓から飛び出した。



 ゼオシスはその頃、街中へ出かけていた。
 レイの身なりはあからさまに反乱軍であると言っているようなものだ。どうにかして違う格好をさせなければならない。
 そう思い立って出てきたものの、やはり人目を気にして歩かなければならない窮屈感が忌めなかった。
 しかしレイの事だから、抜け出してしまうやもしれないのだ。そちらの方も同等に始末が悪い。寝ている間に揃えておけば良かったとゼオシスは後悔した。

 ただしゼオシス自身、この通り、今では見られてはならぬ立場だ。
 それ故帽子を被り、黒い鬘で銀髪を隠して街をあるいていた。サングラスを持ち合わせてなかった為に黒渕のだて眼鏡で、正体がバレないよう取り繕う。ヨハネスがいないと、こんなにも手間隙が掛かるのかとゼオシスは渋面になった。カードだと怪しまれる為、現金しか持てない事ですらも息苦しさに参ってしまいそうだ。
 況してや今まで買い物なんて片手で足りる程度しかしていない。
 しかも今回はレイの服だ。いささかハードルの高いミッションである。

「プレゼントでございますか?」

 適当に店に入ったは良いが、余程迷いあぐねていたように見えたらしい。店員に話し掛けられてしまった。

 その店員はゼオシスを仕切りに上目遣いで見詰めていたがゼオシスは複雑な気持ちになった。あまり見られては瞳の色で感づかれてしまいそうで、あまり目を合わせれないのだ。それに対して女性店員はこれまで見たことのない鼻立ちの整った男にすっかり魅了され、あわよくば自分の客になれば自分自身鼻高々な気分になれそうな高揚感を感じていた。







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あきゅろす。
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