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17
 
 ぽたりと涙が落ちた。泣いてはいけないと、慌てて手の甲で目を擦るが意味もない。涙は止まることを知らないかのように流れ出る。
「うっ、うぅ……」
 我慢出来なくなって、声が漏れた。

 アスタロトに無理矢理にでも着いて行けば良かったのだろうか。しかし、それはレジスタンスを裏切るような感覚がしたのだ。
 弱虫だと決めつけていたべリアルも、アスタロト側の人間だと知った。誰も頼る人がいない。

 それもその筈。アレクサンドリアから出たことのないレイは、近くの街へ助けを求めに行く手段も知らないのだ。
 近くの街にはカイロがあったが、立ちはだかるのは夜の砂漠だ。行ったとしても、レイの手元には拳銃一丁と数弾、サバイバルナイフぐらいしかない。所持金があるわけでもなく、使えるものは自分の体か。
 それとも射撃の腕を使って傭兵の殺し屋になるか。しかし、女の傭兵など聞いたこともない。

 初めて自分の狭い世界を恨んだ。

 薄暗いアレクサンドリアに風が吹き荒れる。砂嵐から都市を守る防御壁システムが切れたのだろう。建物に囲まれているとはいえ、砂がレイを吹き付ける。
 そこでレイは孤独をぼんやりと自覚した。自分は独りなのだ。周囲に生存者の気配がしないのは、やはり此処が戦場だったからだろう。
 いつもなら戦場を死人も跨いで走れていたのに、到底そんなことは出来る気がしなかった。

 僅かな希望をもって、レジスタンスの拠点に無線で応答を待つが反応はない。クルーゼが声を返してくれることが当たり前だと思っていたのだ。
「ク、クルーゼ……」
 堪らず優しい養父の名を呟いた。
 意外にも小心な自分がいたのには気付かなかった。それは仲間がいたからで、終われば仲間が迎えてくれるという勝手な確信があったためだ。なんとも傲慢な甘えである。

 何かにすがり付きたくなった。レイの手は僅かにさ迷い、眼下に入れた者へと着陸した。涙が再び勢いを取り戻して、白い丘陵に川を作る。

「死ぬのは怖い。生きたいん……」
 でも、怖い。
 知らず知らずの内にあれほど憎んでいた総督の胸に頭を乗せた。心臓の微かな鼓動が聞こえる。意識は取り戻していないが、きっと時間を掛ければ目を覚ますだろう。

 銀髪を指で絡めて遊びながら、レイは微睡みの中にいた。夜も耽て、数時間後には朝霧が立ち込める。泣き疲れたのか、瞼が重たかった。ぼんやりとした意識の中、余力を使って手を合わせる。
「神よ、皆に光をお与え下さい――Amen.」

 困った時の神頼みではなく、もっと日頃から祈るべきだった。レイは少し後悔した。

 だがそれも意識が保たない、レイは睡魔との戦いも早期終了し、誘うままに眠りに落ちた。
 少しは温かいだろうかと、総督の体を抱き締める。仄かな体温を感じて、一縷の涙がレイの頬を伝った。昔は養父の腕に抱かれていたのが、今は、それがない。
 早く夜が明けてくれと願う。静かな夜は逆にレイの心を掻き乱す。
 伝い落ちた涙は、寄り添う男の喉元に零れていった。



 アレクサンドリアから、地中海を越えた岸に特徴的な半島がある。
 ――イタリア半島。長靴のような形は幼い子供にも印象を残す。
 その半島を二分した辺り。海岸沿いにあるのが、かのローマ・ヴァチカヌスだ。
 二千年以上前に、ローマ帝国が地中海を征した拠点となったのもローマである。その地は古くから栄え、発展していった文化都市でもある。

 今、そのローマに拠点を置くのが聖十字<クロスロード>だ。聖十字<クロスロード>は元はローマから北方の小さな結社だったと言われている。
 しかし、それがいつしか天の遣いを造り出したと言いだしたのが事の発端だった。強大な軍を有するようになり、ローマを圧倒した。そして、教皇を退け、今や二大世界の一方の名を飾るような国家組織になったのだ。

 だが、その聖十字<クロスロード>本部、ヴァチカヌスはいつになくざわついていた。

「アレクサンドリアから応答がありません!」
「各国、及び各会社からも質問が相次いでいます」
「アレクサンドリアの衛星写真を遅るんだ!」
 人員が本部の中を走り回っている。電話の呼び出し音が絶え間なく鳴り、公開書類の作成に追いやられる。

 その光景を眼下に置いた部屋で、男は豪華な椅子に腰掛け、新聞を開いていた。
 彼もまた、銀髪に赤紫の瞳の持ち主だ。つり上がった眉は潜められて、目を見開いていた。記事を捲る指先は、震えている。何度も支軸の足を変えてみるが、動揺が隠せない。

「……オイオイ、“第二支部総督が行方不明”だと? ハハハ、バカな話題だ。そんなんで聖十字<クロスロード>が倒れるとでも思ったか。なぁ?」
 後ろに控える従者に目配せする。

 威圧的な雰囲気に従者は恐れを知らずしてか、従者は淡々と応じた。
「カイン様。恐れながら、事実でございます」
「あぁ? 何言ってんだ。俺は冗談が嫌いなのを知ってるだろ?」
「事実でございます」
 再び同じ返答をする従者の男。仮面で顔が分からない。感情の籠っていない声音で語る彼はまるで、彫像のようだ。茶髪もまるで、そよぎもしない。

 すると、カインと呼ばれた男は新聞をテーブルに叩き付けた。振動でグラスのワインが揺れる。
 カインは従者のネクタイを引っ掴むと、顔を近付けた。
「……冗談、止せよ?」
「っ、アレクサンドリアは反乱軍の攻撃により壊滅状態と、情報部の方で確認されています」
「反乱軍だと? あんな雑魚にゼオシスが負けるわけないだろ。お前もゼオシスの強さを身をもって知ってるはずだ」
「し、しかしそうとしか――」
「黙れ!」
 カインは従者に一喝した。押し黙るようになった従者の顎を指先でなぞる。唇を指で弾き、唾液に絡ませて潤せた。なされるままにじっと行為を甘んじて受けるのみ。

「そう、そうだ。イイ子だな、愛してるぜ」
 満足そうにカインは音を立てて口付けた。仕上げに髪を撫でてやる。カインは語った。
「お前は二十年程度しか生きてないから分からないだろうが、俺には察しが付く」




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