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16

「ま、待て!」
 その時、ゼオシスではない声が響いた。レイだ。
「アスタロト、何処にベルを連れて行くんだ? べルはレジスタンスの仲間だ」
 立ち上がってアスタロトの袖を引く。しかし、アスタロトの赤い瞳は冷たいままだった。その手を離せと語っているようだ。
「悪いなぁ、レイ。べリアルはレジスタンスの仲間である前に、僕の仲間なんだよ」
 アスタロトは突っぱねた。そこに慈悲はなかった。空虚しか見せない彼の目には、レイの姿は映ってなかった。凍り付きそうなほど冷たい。びくりとレイの肩が揺れた。自然と掴んでいた袖を離さざるえなくなった。

 銃声も、爆撃音も聞こえない。支部の建物も電灯が消えていく。明かりといえば、爆発で起こった炎が遠くで燃えてる程度だ。アレクサンドリアを燃やす火の手も収まりつつある。
 まるで、生きている人間が他にいないようである。不自然に静かで薄暗い、こんなアレクサンドリアをレイは知らない。レイは知らない空間に取り残された気分になった。

「……ねぇ、レジスタンスはどうなったの? 皆は?」
「レジスタンスについては、何も言えないねぇ。その目で確かめれば良い」
「そんな……っ。じゃあ私も連れて行ってよ、お願いだ。私はそんなに使えないか? それとも、私がアスタロトを悪く言ったから? お願い、謝るからさ……」
「ごめんなぁ、レイ。凄い連れて行きたくなってしまったよ。でもなぁ、今のレイにはまだ早いんだ」
 若干潤んだ青い瞳を見て、アスタロトは少し揺らいだ。しかし、これは上からの命令だ。レイは連れて行けない。アスタロトはレイの頭を撫でてやった。まるで妹が出来た気分だ。事実、レイが出来た時は妹のように思えたのだ。

「これからはそこに転がってる総督閣下に頼れば良い。そこら辺にいる野郎に頼るより、強いからな」
「なっ、総督に頼れだと? 冗談じゃない!」
「総督っても、もうコイツはその権力はない。それに、どうせしばらくは動けないだろう。僕ぁが去ったらレイの自由だ。総督の首を掻き切るか、総督が目を覚ますのを待つか。まぁ、じきに目を覚ますから切るなら今の内だな」
 アスタロトはレイの知らない口振りで笑った。一人称は僕というものの、印象が違った。それに一瞬驚いたが、アスタロトは猫でも被っていたのだろう。
 しかし、それは逆に胡散臭さが抜けて、レイにはアスタロトという男がしっくり型に収まった気がした。妙に納得出来た。

 そして、レイは総督の顔を見詰めた。目の焦点が合ってないが、綺麗な顔をしている。睫毛も透き通るような白銀だ。赤紫の瞳に吸い込まれそうになる。しかし、肝心の目はどんよりと曇っていて輝きを失っていた。

 レイは総督の近くに膝を着いた。不思議と抵抗はない。手を伸ばして頭を太ももに乗せた。顔に着いた砂埃と血を拭ってやる。
「あん? あんなに憎んでたじゃないか。さては顔だけに惚れたか?」
「そんなんじゃない」
「じゃあ、何だって言うんだよ」
 冷やかしに笑うアスタロトには正直、どんなけ殴り飛ばしたかったことか。小指を立てたニヤケ顔は相手の気を逆撫でることが得意なようだ。

 レイは深い溜め息をつくと、ぽつりと呟いた。
「小さい頃、総督に会ったことがあるんだ」
「ほう? 初耳だな」
「当たり前だ。誰にも言わなかったんだ。その時は総督とは気付かなかったけど、聖十字<クロスロード>の人間に会ったとか大人に言えば怒られること確実だったし……」
「それもそうだな」

 まさか十年後にこうして会い見えることになるとは思いもよらなかった。きっと総督の男は忘れてしまっているだろう。
 ナイルを眺める横顔に目を奪われた。銀髪なんて見たことなかったし、ましてや蒼紅の瞳は珍しさにときめいた。人間離れた容姿のせいか、何故か儚いという言葉が当てはまったものだ。
 思い出せばこれが初恋だったに違いない。今ではそんな気は全く起きないのだが、あの頃は幾分今より女らしさがあったらしい。
 だが、再会したのにどうしてこんなに悲しさで胸が張り裂けそうになるのか。レイは分からなかった。

「じゃあ、僕はこれで失礼するぜ」
 アスタロトはべリアルを担ぎ直すと背を向けた。見るからには軽々と持ち上げているが、成人男性を担ぐなんて簡単ではない。
 そんな荒々しいのにも関わらず、まだ僕と言うアスタロトは矛盾していた。

 変な現象にレイは吹き出しそうになる。
「あ? 何だよ」
「いや、無理して僕とか言ってるなって思って。気持ち悪いし、胡散臭いのに」
「オイオイ、散々な言いようだな。何だよ。分かってたのか?」
「薄々、ね」
「へぇ。そりゃあ俺様も気が楽だ。僕ってのは使ってて鳥肌が立つ」

 アスタロトはそう言うと、さっさと歩き出した。ぼんやりと彼の背中を追う。姿が段々と闇に溶け込んでいった。気配が遠退く。

 いよいよレイは取り残された。レジスタンスの皆がいない。まるで、掻き消えたように気配もないのだ。自ずとレジスタンスの現状が想像出来る。
 大好きだった養父、クルーゼの顔が浮かんだ。結局何も出来なかった。総督の首を持ち帰ると意気揚々としていた自分が遥か昔のように感じられる。

 その総督も今は自分の腕の中で死んだように横たわっているのだ。額に銃弾による外傷痕がある。喉は先ほどまで貫かれていた。
 まだ新しい血が流れている。見るだけでも痛々しい。それでも生命活動を続けられるのは、幸か不幸か。レイは憐れだと思った。

 アスタロトの言い種だとレジスタンスの生死は後者のようだった。それは気を取り戻してから、その不自然な空気から何となく最悪の結果として読み取れたのだ。

 何故こんなに落ち着けるのか分からない。漠然と悲しみばかりが胸を覆い尽くしている。悲壮感のあまりに涙が溢れそうだ。
 お陰か、視界が涙で揺れる。瞬きをしたら零れてしまうんじゃないかと思って、なかなか目を瞑れない。
 レイは唇を食い縛った。誰を恨めば良いが分からない。総督を恨めば良いのか、聖十字<クロスロード>を恨むべきなのか。それとも、アスタロトやべリアルか。




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あきゅろす。
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