15 その時、空中でいきなり爆発が起こった。はっとなって見上げれば、旋回してレジスタンスを追い込んでいた第二支部の戦闘機が、燃えているではないか。一機、二機と次々墜落していく。 ゼオシスは目を見張った。最早自分の体の状態など言っていられない。急いで応答を求めようとする、が……。 「応答が……ないだと?」 無線を取り出して見るが、何かを受信した形跡はみられない。戦闘機に乗る自分の部下達の顔が過った。そして、先ほどまで一緒に話していた大将の男。 ゼオシスは直ぐ様支部の建物に戻ろうとした。せめてもの望みを掛けていたのだろう。 しかしべリアルが哀れむような声でゼオシスを止めた。 「無駄だよ、ゼオシス。もう遅いんだ」 だがその落ち着き払った声は逆にゼオシスを逆上させた。ゼオシスは銀髪を振り乱して叫んだ。 「黙れ! 貴様、私の――俺の部下を……!」 まさかここまで人間に対して、必死になれるとは思えなかった。ゼオシスはべリアルに殴り掛からんばかりに睨み付けた。べリアルの瞳が淡い水色から、燃えるような赤に変化していく。この闇にはあまりに不似合いな赤だ。 「全くどっちが鬼畜だか……。お前も十分性格悪いよな」 一方で、アスタロトが愉快そうに肩を震わせた。ゼオシスが殺気を放って睨んでも彼は唇を歪めて笑うだけである。 「おー怖い怖い」 そんな中でもべリアルは常に微笑みを浮かべていた。アスタロトとは何かが違う。一見すると天使のようだ。しかし正体は、まさに無価値の名を負う悪魔に相応しい。悪を剥き出しにすることなく、虚像で醜悪を隠している。 そんな彼の一言は痛烈だった。 「言ったでしょ、ゼオシス。掃除したって。レジスタンスをね、殺してあげたんだ。聖十字<クロスロード>と一瞬に」 笑顔で語るべリアルに、ゼオシスは目を剥いた。冷静沈着、冷酷の評判を持つが、実態は苛烈だ。イスラーフィールの名を持つのはただの嘘でもない。 ゼオシスは銃を引き抜くと、瞬時にべリアルの胸に飛び込んだ。見開かれた赤い瞳が目に入る。 「よくも、“俺”の部下を!」 怒号するとそのまま忌々しい赤いを撃った。 銃口が火を吹く。 一発でべリアルの目は血を噴き上げた。少し呻いて倒れていく。しかし一発では気が済まない。ゼオシスは心臓に二発目、三発目、四発目と立て続けに撃った。べリアルの体が銃弾が炸裂するたびに跳ねる。 「俺の部下を、アレクサンドリアを返せ! 返せェエエ!」 ゼオシスは無我夢中で叫んだ。 アレクサンドリアは今や燃える戦場だ。地中海を再び臨むのも痛ましい。ゼオシスはアレクサンドリアから見る地中海とナイル川が好きだった。そして、対岸のローマに思いを馳せるのだ。 部下に囲まれるのも当たり前すぎた。部下達は悪評絶たない総督に従事していたではないか。 ましてやレジスタンスさえも、全滅と抜かす。総督である自分がやらなければ、意味がないと言うのに。 奪ううちは気付かない。奪われて、初めて気付くものがある。 頬に生暖かい血が飛ぶ。ゼオシスは太ももに装備していた短刀を引き抜いた。そして、動かなくなったべリアルの胸に深く突き刺す。肉を裂く。 心臓にあるはずだ。彼の体はゼオシスと同じようにナノマシンに侵されている。それが彼らに不老不死を可能にしているのだ。 しかし“旧式”には制御装置が必要だ。旧式は限界(リミット)がある。それを抜き取ればグレイ・グーと化して生命活動が止まるのだ。 ゼオシスはべリアルの心臓に手を伸ばした。あとは抉り出すだけである。 しかし伸ばした手を後ろから強い力で掴まれてしまった。ゼオシスは狂ったように声を上げた。 「離せ、離せ! 俺に逆らうな。裁きを下す、俺は炎の番人だ。貴様もコイツのように地獄に流してやる! ウリエルの名の元に……っ」 「全く……、落ち着かないか」 アスタロトの珍しく静かな声にゼオシスは遮られた。否、ならざる得なかった。いつの間にかゼオシスの後ろに回ったアスタロトが、メスのような短刀でゼオシスの首を貫いていたのだ。 アスタロトはゼオシスに囁いた。 「“レイ”にそういうのは見せてくれるなよ」 「れ、レイ……?」 喉がやられて上手く声が出ない。ゼオシスは我に返ったように、アスタロトを見上げた。いつもならアスタロトの態度はゼオシスに対して嫌悪感を露にしている。 それを押し殺したような顔で、アスタロトはレイの方を顎で指した。 見れば青い瞳が自分を捉えている。怒り、恐怖、困惑。いろんな感情が見え隠れする。 「あ、アスタロト。どうなっているんだ?」 おずおずとレイは問うた。意識を取り戻したは良いが、起こっている光景は何事か。べリアルが全く動かない状態で倒れている点。アスタロトが銀髪の男の首を刺している点。そして、確か総督だという、その銀髪の男。 アスタロトに何かを諭されて総督は大人しくなったようだ。しかし何故か自分の方を凝視している。最初交えた時は手加減なしに発砲してきた男が、泣き出しそうな顔でいるのだ。レイは困惑した。 「レイ、と言う……のか?」 ゼオシスはアスタロトに聞いた。 「あぁ。にしても、どうした。声震えてるぜ? まさかお前が喉に穴空いてるからっておかしくなるような奴じゃないだろ」 どうも声が冷静さを欠いていたらしい。 アスタロトが眉を寄せるが、ゼオシスにはどうでも良かった。レイの様子を見ると、十年前に会ったことは忘れているようだ。忘れているならば、それは結構だ。忘れたまま過ごしてくれたなら、幸せだろう。 ゼオシスがぼんやりとしていると、不意に喉にひゅっと風が通った。 血が足りない。意識が遠退いていく。十年ぶりの少女に何か話したかった。しかし、体は言うことをきいてくれないらしい。ナノマシンが傷の治癒に流れていっている。このゼオシスはその場で崩れ倒れた。 アスタロトは短刀に着いた血を軽く払った。その短刀はそのまま外套のポケットに突っ込む。アスタロトはべリアルを起こしにかかった。 「あ〜あ。こりゃあ三日は目ぇ覚めないなぁ。クソガキ、お前のメンタルを逆に心配するぞ?」 べリアルの方が小柄とは言え男だ。アスタロトはべリアルを軽々と肩に背負って、そのまま立ち去ろうとした。 <*last><#next> [戻る] |