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 レイは言葉が思うように出なかった。総督の血と言われたところで、なぜアスタロトが持っているのか分からない。入手方法はどうであれ、ましてや総督に近付く隙があるなら、その間に総督の首を跳ねたら良かった。分からない男だとレイは思った。

 そんな風に、レイがあまりに眉を潜めるのでアスタロトは心外そうに言った。
「正真正銘、総督の血だよぉ。何なら調べて見せようか? その分減るけど」
「……手短に話して」
 レイはしばらく考えた後に告げた。もしかしたら総督を殺す道具になりうるかもしれない。アスタロトの魂胆は何であれ、レイは一刻も速く総督を探しに行きたかった。

 アスタロトは語る。
「良いかい。総督の血ってのは、明らかに人間の血じゃあないモノがあるんだ」
「人間には、ないモノ?」
 アスタロトの口が弧を描いた。

「ナノマシン――そう、総督の身体には、ナノマシンが寄生しているんだ。髪の毛一本一本、表皮一センチ平方メートル。そんな小さな範囲にある細胞のそれぞれの核に、ナノマシンが宿っている。このナノマシンは総督の身体と年齢を維持している作用を持つ。そして、欠損部分が発生したら素早く自己再生が出来るんだ」
「……つまり、そのナノマシンのお陰で総督は三百年間もアレクサンドリアに君臨し続けているってこと?」
「ご名答」
「ふーん……」
「どうかな、分かった?」
 アスタロトがレイの顔を覗き込んだ。

「……馬鹿馬鹿しい」
 レイは反対に呆れ返った。そんな夢のような技術があるわけがない。ナノマシンに特別詳しい訳ではないが、まだ試作段階のはずだ。実用化には至らない。ため息をついて、レイは首を横に振った。
「現実的な話にしてよ。確かに、総督が大層長生きな理由もそれで理由は付く。でもね、あまりにも話が飛びすぎている。そうだろ? そんな不老不死なんて、“神”が許す訳がない」
 ましてや神なんている訳がない。神を信じるのは、オカルトマニアか狂信的な宗教家だ。レイは思った。

 キリスト教を信じる様に聖十字<クロスロード>から言われているから、レイは形式上の洗礼を受けている。イエスも聖母マリアも何世紀前の話だろうか。まさかヤハウェに至っては、元はシナイ山の一つの神に過ぎなかったと囁かれると言う。
 よって、本心は無神論を支持していた。

「ところが、神が許したとしたら?」
 すると、アスタロトは挑戦するかの様に質問を投げ掛けた。
「神様は自分の手足には優しいもんだよ。総督も同じさぁ。総督は神の手足となるように造られたんだ」
「神はそれを望んだの?」
「まさかぁ! 神様は騙されてるだけだよ」
 それも、いつかはバレるだろうよ。アスタロトは肩を少し竦めて言った。そして少し寂しげに。

「で、だ。この発信器はそのナノマシンが引き合う力を使って作られた。コイツが連れてってくれるのは、ナノマシンの飼い主の所。レイを総督の元へ連れてってくれる、優れものなんだよ」
 アスタロトはレイの髪の毛をさらりと撫でた。青い一束を指に滑らす。そして掌に例の発信器を握らせる。

 レイはしばらくそれを見詰めた後、アスタロトの赤い瞳を見上げた。
 彼の目を真面目に見るのは初めてかもしれない。カラーコンタクトを入れている訳ではないらしい。赤い瞳は彼の色だった。
「どうして私に渡すんだ?」
「僕らの親分がレイに渡せって。親分は大層レイを気に入っててねぇ。まぁ、レイがどう使うかは自由だよ。僕らはサポーターだからね」
「……そこはきちんと責任逃れしてるね」
「お褒めの言葉として受け取っておくよ」

 嫌味の一つを忘れないのがレイらしい。レイは得物をひっ掴むと外へ出た。発信器がどう反応してくれるかを待ってみる。
 すると、ある方向を向いた途端、発信器が震えだした。最早発信器とは言い難い。微かに音を立てて、中に入っている血液が反応しているようだ。
「早くも総督が出てきたみたいだね。いつもならもう少し黙って見てるはずだけど」
「作戦のお陰で余裕がないんでしょ。レジスタンスを舐めてるからだ。総督は地に落ちるよ」
 支部の建物を見上げる。それは摩天楼のようにそびえ立っていた。ゴシック建築を近代的にアレンジしたようなデザインの建造物だ。要塞のようにも、城のようにも見える。
 総督は一番上の階にある司令室にいつもならいるらしい。それがいつもより早く地上に降りて来た。否、誘き寄せたというべきか。ベリアルとアスタロトの計画は成功したようだ。

 レイは髪を結って隠すと暗視ゴーグルを掛けた。クルーゼに止められたが、どうしても行きたかったのだ。心の中で密かに養父に謝った。
「気ぃ付けなよ」
「誰に言ってんの? 見てろよ、総督の首を持って来てやるんだからな」
 アスタロトの言葉にレイは強気に言い返した。アスタロトはふと笑う。
「楽しみにしてるよ。クルーゼには上手く言っておこう」
 レイはそれを聞くと、発信器が反応する方向に走っていった。長い豊かな髪が見えない彼女はまさか女性とは思われるまい。男に比毛を取らない力を持っているのだ。心配はないだろう。

 アスタロトはその背中が闇の中に消えて行くのを見送った。そっと呟く。
「あぁ。あの“クソガキ”が堕ちる姿を見てみたいもんだ……」



「第三、第四、第八部隊は東に回れ、第六、第七、第十一部隊はは西だ。中央に反乱軍共を誘導させろ。航空部隊も二手に分かれて続け。あとの他は支部を守れ。必要あれば殺せば良い、捕虜はいらん」
 手早く司令を出していくゼオシス。たちまちに活発な動きを兵たちは展開していった。
 要塞も兼ねるアレクサンドリアの複雑な内部構造を知るのは、聖十字<クロスロード>の兵しか知らない。それに、ゼオシスは自分の采配に自信を持っていた。人間の短い生涯に完全に勝る経験値がある。誰が反乱軍を指揮していようと、三百年という時間は埋めようもない。
「敵に情けを掛けるな。自分の命が惜しければ、殺す相手に愛する者や、祈る者がいることは忘れろ。全軍進め!」




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あきゅろす。
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