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 普段なら前線に出ないで、司令室から命令を下すだけの総督を殺せなくとも、せめて時間を稼いで戦場に出させる。魂胆はここにあった。ゼオシスは唇を手の甲で忌々しく拭った。
『総督!』
「そう騒ぐな」
 悲痛な声に対して、ゼオシスはあくまでも冷静を保った。ここで総督が焦りを見せれば、組織は自壊してしまう。頂点の安定は、組織字体の安定になるのだ。ゼオシスはそれを知っていた。

『で、では』
 案の定、期待に満ちた応答があった。なんと簡単に操れる事か。やはり人間は単純な生物だとしか思えない。
「私が行こう」
 ゼオシスは言うと、ゆらりと立ち上がった。総督が自ら出向く事は、長年避けてきたが今回は止む得ない。また血の海に立つ事になっても、勝利の為なら仕方あるまい。

 思わず自嘲の笑みが浮かんだ。顔の筋肉がぎこちない。そして、緩慢な動作でエレベーターに乗り込んだ。
 メフィストの思惑など、知った事か。所詮、反乱軍が騒いでいる程度なのだから。



「退け、行かせろ!」
「駄目だよ、レイ。クルーゼさんに行かせるなって言われてるんだ」
「黙れよ。玉なし野郎が!」
「たっ、玉なし……っ」
 レジスタンスが今回設置した拠点では、レイが戦前に出させるよう騒いでいた。それを止めるベリアルだが、レイの一言で顔が泣きそうになる。
「僕だって、男だ! たた玉ぐらい――」
 ベリアルが半べそで主張しようとしたところ、彼の肩に手が置かれてそれ以上は言えなくなった。見れば赤い髪に、赤い眼光の男がいる。アスタロトだ。

「やぁ、若い衆よ」
「そんなに年変わらないだろ」
「そう見えるの? ありがとーっ!」
「来んな、触るな、近付くな!」
 レイに抱きつこうとしたが、流石に嫌われているだけあってアスタロトは避けられてしまった。寸でのところでレイの拳を避ける。ちぇっとぼやきながら引き下がるアスタロトだが、まだレイには警戒されたままのようだ。先より三歩下がった位置にいる。

「アスタロトさん、何かあったんですか?」
 そんな中、ベリアルふと尋ねた。今回、爆発物を担当したのはベリアルだ。作戦は特別にアスタロトとの共同制作である。

 ベリアルの心に不安がよぎった。まさかタイミングでもミスをした訳であるまい。火薬量も計算を繰り返したのだ。
 タラリと背中に冷や汗が垂れるのをベリアルは感じた。次の瞬間、ベリアルはレイの影に逃げ込んでメソメソ叫び出した。
「いぎゃー! ごめんなさいごめんなさいっ。許して下さい〜。僕の設計にミスがあったんですよねっ。どどどどうしよう!」
「……ベル、まだ何も言ってないよ」
 にっこりとベリアルはアスタロトに微笑まれた。ベリアルは不安そうにレイの影から顔を出したが、アスタロトの顔は柔和に見える。
「せっかちだなぁ、ベルの作戦は上手く行っているよ。今は別の用事で来たんだ」
「はぁ、良かった……」

 そこで、ベリアルは安堵の息を吐いたが、レイの服を掴んでいたのに気付いて赤面した。レイがじれったさそうにベリアルを肘で小突いてたのだ。気付かなかった自分にも、恥ずかしさで顔が赤くなる。
「ごっごめん」
「別に」
 しかし、つっけんどんなレイの態度にベリアルはまたしても半泣きになる。まだ許してもらっていないらしい。

 レイは相変わらず後ろでべそをかくベリアルを無視した。後ろでしゃくりあげる声が聞こえたが、構ってられない。アスタロトに対して、あくまでもレイは喧嘩腰な姿勢を貫いた。
「……で、アンタは何でここにいるの?」
 強い口調だ、誤魔化しを許さない。レイは赤い瞳に負けじと睨み付た。赤い瞳と青い瞳がぶつかり合う。対極な色だけあってか、対立的な雰囲気を一層漂わせた。

 しかし、レイの剣呑さと違い、アスタロトは飄々と張り詰めた空気を受け流していた。レイの怪しむ視線を他所に、アスタロトは胸ポケットを漁り出す。
「そんなに怖い顔をしないでよぉ。カワイイ顔が台無しだぞっ」
「お世辞は聞きたくない」
「んー、冷たいなぁ。折角僕ぁ、レイにあげたい物があるんだけどねぇ」

 アスタロトは胸ポケットの中に手を突っ込みながら言った。
「ベル、レイを少し借りて良いかい? だぁい丈夫、変な事はしないよ」
 ベリアルにさえも怪しまれた顔をされたアスタロト。だが、彼は“あくまでも”そんな視線を物ともしない。

 文句を言いながら渋々退室していくベリアルの後ろ姿を見送ったアスタロトは、仏頂面のレイに笑いかけた。
「やぁと、二人になれたねぇ」
「変な言い方するな」
「まぁまぁ、僕はレイの役に立ちたくてね……秘密兵器を特別にあげちゃうよ」
 浮かれた様子のアスタロトは、レイの前に物体を差し出た。
 レイが怪訝そうに覗き込んだ先にあるのは、黒い小さな箱のようだ。長方形のボディにクリップが付いていて、装着可能らしい。

 レイはまだレジスタンス内でも若い部類に入るが、幼い頃からクルーゼに引っ付いていたせいか装備品には並の知識を持っている。しかし、そんなレイでも、アスタロトが見せた物体は見覚えがなかった。
 アスタロトの手から黙って受け取ると、レイはそれを観察した。

「ハハッ、興味津々だねぇ」
「何だコレ。こんなもの見たことない」
 レイの素直な発言にアスタロトは満足気に笑った。
「これは我が社自慢の商品。発信器だよ」
「発信器? こんな形知らないんだけど……」
「そりゃあ、そうだよ。ほら。貸してごらん。仕組みを見せてあげよう」
 レイは神妙な顔つきでアスタロトに渡した。アスタロトの解説が始まる。発信器というにしては奇妙な物体の中を開けた。

「見てごらん、中にはこんな液体が入ってるんだけど……これ、何だと思う?」
「血みたいな色をしている。比較的、新しいな」
「流石、察しが良いねぇ。クルーゼの娘だ。コレは確かに血だよ。総督のね」
 さらりと言い退けるアスタロトにレイは目が点になった。
「今、何て言った?」
「総督の血って言ったけど、何?」
「いや、何って言われても……」





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