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 ゼオシスは掠れた声で呟いた。
「兄上……私は今日人を沢山殺します。どうかその慈悲によってお許し下さい。人々が父の元へ行けますように……」
 愛する兄に唇を寄せた。


 その時だった。
 響き渡る爆発音。大きな震動がアレクサンドリアを揺るがした。それと同時にサイレンが危機を察知して鳴り始める。時計は真ん中を二時間ばかり回った頃、まさに真夜中だ。

 ゼオシスは写真を伏せて鏡台に置くと、直ぐ様窓の外を見た。南の軍施設から火が燃え上がっている。炎は範囲をどんどん拡大していき、たちまち北へと流れて行く。嫌な予感がする。このままでは支部の建物に火が回ってしまうのだ。一刻も早く手を打たなければならない。
 その内にもあちこちで何発もの銃声が聞こえてきた。これで何人かが早くも死んでしまったに違いない。

「反乱軍風情が……」
 やってくれる。ゼオシスは遠くで勢力を増す火の手を睨んだ。
 確かに反乱軍が事を起こすのは見えていた。しかし毎度ながらの市街戦だというのに、今回に限ってこんな大爆発を起こすとは、何を彼らは考えているのだろうか。

 要塞も兼ねたアレクサンドリアは侵入者には迷いやすい。爆発で家屋が倒れて道一本でも塞がると、目的地に辿り着きにくくなるのだ。爆煙で敵味方の区別が付かなくなったら元も子もない。
 ましてや真夜中、視界は悪い。まさか反乱軍がナイトビジョンゴーグル(※暗視装置)を大量に且つ安価で手に入れるとは考えられなかった。

 ならば何故彼らは暗闇の中、行動出来るのか。貧民層の蜂起だから、大した装備は持ってないはずである。

 しかし実際はどうだ。今まで反乱軍が活動出来なかった闇の中で動くのを許してしまったのだ。これはゼオシスがアレクサンドリア支部総督に就任して三百年、始めての事だ。
 それなりに場数を踏んできたが、久々の予期せぬ事態に唇を真一文字に締め、ゼオシスは険しい表情になった。
 反乱軍の裏に、何かありそうな予感がする。装備を揃える伝がある者に、爆発物を扱い慣れている者、そしてアレクサンドリアの内部を良く知っている者――それらを束ねる大きな存在。

 予感などいう曖昧な勘を振り払って、ゼオシスは頭を現実に戻した。柄にもなく、予感に怯えるなんて総督として情けない。
「ヨハネス、準備は出来たか?」
 予想以上に火の回りが速い。ゼオシスはヨハネスがいつも通りに準備を済ませてくれたものだと、彼を呼んだ。
 しかし、窓の外に目を向けてヨハネスの応えを待っても一向に返答がない。
 ゼオシスは何事かと不審気に後ろを振り返った。
「ヨハネス?」

「……ヨハネスじゃあなくて、すいませんねぇ。にしても、ゼオ坊っちゃんもお偉くなったもんだ。おっと、もう“坊っちゃん”って年じゃないか……。お久しゅうございます、イスラーフィール閣下」
 恭しくシルクハットを脱いで、頭を深々と男は下げた。黒髪が落ちて顔が見えない。しかし、ゼオシスはその飄々とした、掴み所のない男を知っていた。

「貴様、いつからここに……!」
 得物を胸の内から抜く。ゼオシスは瞬間に移動し、男の頭に銃口を押し付けた。
「昔は可愛かったのに。いつからそんな物騒な野郎になったんだい? それに貴様だなんて、アタシと坊っちゃんの間には少々水臭くなくてよ?」
「黙れ。それより、ヨハネスをどうしてくれたんだ。私は、貴様など呼んでもない」

 男――メフィストはクツクツと喉の奥ど笑った。
「待ちな。アタシにそんなオモチャが通用するとでも?」
「……再生が追いつかないようにしてやる」
「坊っちゃんには劣るけど、アタシは坊っちゃんの先輩なんだよ。人間の欲望を同じように背負った同型さ。唯一違うのは、兄上と我らが首領の双子だけ。分かってんなら、その鉄の棒を退かしたらどうだ? まさか二百五十年の間アタシ達が何もしてなかった訳ないだろう」
 赤い眼光が妖しく光る。ゼオシスは目を思わず背けた。ルビーに紫のインクをそっと垂らしたような、滑らかなゼオシスの瞳に対して、メフィストは渇いた血のように冷たく、無慈悲である。

 観念したかのように、ゼオシスはメフィストの頭から銃口を離した。
「今更、何の用だ。私は忙しい。それに貴様は死んだはずだ……」
「いやぁ、首領から『ゼオにヨロシク』って言われたから復活したんだよ」
「どういう意味だ? 既に兄上も亡くなったはずだ。私は、この目で見たんだぞ 私が兄上を見間違えるはずがない」
 ゼオシスは神妙な顔で言った。一方で、質問攻めに会っているメフィストは言い飽きたかのように、欠伸を噛み締めた。

「どういう意味も何も、ありのままを報告をあの世にするだけさ。可愛いゼオは今も兄上を慕って貴方様のキスを求めてますってね」
「み、見てたのか?」
「おっきくなった今も可愛いゼオが残ってるなんて、首領はきっと坊っちゃんにキスしにくるよ」
「やめろ!」
 赤くなって喚き散らす、冷酷として名高い総督を一体誰が想像できようか。ヨハネスも知らない彼の一面だ。

 しかし、そんな間にも戦火でアレクサンドリアは覆われようとしている。ゼオシスはメフィストに構っている時間が惜しかった。
「……時間がないから率直に言う。兄上は亡くなった。あの時、貴様も道連れで死んだはずだ。なのに貴様は何故生きている?」

 メフィストの唇が三日月のように弧を描いた。
「さぁ? 自分でお考えなさいな」
 ゼオシスの頬を撫でて、メフィストは耳元でそっと囁いた。悪魔の如く誘惑する。その吐息は生まれながらにして魔性を秘めている。

 そんなメフィストの態度にも顔色を変えないで、ゼオシスは髪をかき揚げた。
「……そう言えば、貴様は答えを毎度毎度はぐらかしては私を騙していたのを忘れていた」
「おやおや。冷酷で名高い総督になって、昔の思い出はてっきり忘れたのかと思ってたよ。懐かしいねぇ、あの頃の坊っちゃんは純粋無垢だった」
「分かっているだろ。時は流れたんだ、もう“俺”はあの頃の“俺”ではない。過去の遺物は静かに寝ているのが良い。ならば……さっさとお前も棺に戻れ!」
 ゼオシスは袖の中から小刀を抜くと、メフィストの心臓にそれを突き立てた。





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