それだけの話 (忍足)
中2の時、私は彼を好きになって。
中3になってすぐ、私は彼に告白して。
見事に玉砕しただけ。
それだけの話。
それだけの話だったのに。
それだけの話
「水上・・・いきなりで悪いねんけど、今から2人で話できへん?」
それは突然訪れた。
私と話したいというその男が信じられなくて、
私は親友の都と目を合わせる。
「えっと・・・人違い、だよね?
C組の水上さんならいっつも屋上で彼氏とお弁当食べてるよ?
私はG組の水上」
これでもボケたつもりは全くなくて、むしろかなり真面目だった。
なのに目の前のエセ眼鏡野郎は、笑い出す。
「ぶっ・・・すまん、ちょっと・・・くっくっくっ・・・」
私に背を向けて、腹を抱えて笑っている。
都は目を丸くしている。
「あ、あんたバカ!?
忍足くんはあんたに用があるんだよ!?」
「え、だからなんであたし?」
もう今更この人と話すことはないと思っていた。
だから私は、冗談抜きに状況がわかっていなかった。
○●○●
彼と校内を歩くのは、自殺行為だ。
「まさかあそこであんなボケかまされると思わんかったわ。クスクス・・・」
「いや、ボケてるつもりはなかったんですけど・・・」
「真面目に言ってたん!?
やったら余計笑えるわ、くっくっくっ・・・」
忍足が笑っているということもあって、
私は必要以上に目立っている。
いくら強気でも、たくさんの女子のこの視線には耐え兼ねるものがある。
「話ってどこでするの?」
「そうやなぁ・・・どっか人のおらんとこ・・・」
皆がそこら中に広がってお弁当を食べるこの昼休みに、
果たして人のいないところはあるのか。
キョロキョロしながら歩く。
とりあえず、この状況をさっさと打破したかった。
振られたことのある人と、できれば話なんかしたくない。
というか、一緒にいたくない。
中3の春、初めて失恋した。
相手は同じクラスでわりと仲の良かった彼、忍足侑士。
苦しかったし、もう恋なんてするもんか!なんて思った。
その苦しさは、直後に流れた
゛忍足侑士にまた彼女ができた゛
という噂でマックスを振り切って・・・。
いよいよ私は、好きでもない人と付き合うまでになった。
不思議なまでに気持ちが晴れて、すぐに別れた。
そして、それからは独り身。
だれかを好きになることもなかった。
だから、彼にはもうなんの感情もないはずなのだ。
「ここらへんでええかな・・・」
忍足が選んだのは、校門付近の木の影だった。
「なに?」
「その・・・な、中3の春・・・
あんときは気持ちに答えられんくて悪かった・・・」
その言葉はいくらか私を苛立たせた。
「・・・なにそれ、すっごい今更。
ていうかもう全然気にしてないから」
「そうやんな・・・ごめん・・・」
「話ってそれだけ?」
「ちゃうちゃう!今のは本題じゃないねん・・・」
本当に気にしていないはずなのに、苛立つということは、
やはり少なからず私の中でトラウマになっているんだろう。
私はそう思って、こいつに罵声を浴びせたい気持ちを押さえる。
「めっちゃ勝手やと思うし、
受け入れられへんと思う・・・
けど聞いてくれ」
その話の切り出し方に嫌な予感がした。
「・・・好きやねん・・・あの日から・・・
俺の中から消えんねん、
お前の存在が・・・」
嫌な予感というものは、大抵正しくて。
私は地面がぐるんと一回転したような、そんな感覚に囚われた。
フラフラして、立っていられないような。
「・・・なんで・・・?
なんで、今更・・・」
「俺も今更やって思った。
せやけど、もう押さえられんようなって・・・
ほんまに悪い、堪忍な・・・」
切なそうな、苦しそうな表情の忍足は
本当にあの日を悔やんでいるように見えて・・・。
私の心臓は、またあの頃と同じリズムを刻む。
゛もう好きじゃないんだから゛という思いとは裏腹に。
「じゃあ、なんであの時振ったの・・・?
私の恋はあれで終わったんだよ・・・!?」
自分がヒステリックになりかけているのがよくわかった。
「あんときは他に好きな人がおったんや・・・
もう付き合うことになりかけとってん・・・」
それが私の聞いた噂なんだろう。
その噂は、1ヶ月も経たないうちに別れたという噂に変わったわけだが。
「・・・そんなの・・・もう、気持ち忘れちゃったよ・・・!」
嘘だ。
忘れているはずがない。
「知ってるでしょ、私もあの後好きな人できて付き合ったの・・・」
違う。
好きなんかじゃなかった。
「すぐに振られちゃったけど、ね・・・」
何を言っているんだ。
振ったのは私じゃないか。
「だからもう、私の中にあんたは・・・」
私にはそれ以上は言えなかった。
情けなくて、嘘で汚れた自分が惨めで・・・
心底笑えた。
「ははは・・・なんかしんみりしてるの、面倒になっちゃった!
あはは、はは!」
突然笑い出した奇妙な私に、忍足は何も言わない。
気持ち悪いと思っているんだろうか。
いや、一緒に笑っているんだろうか。
わけのわからないこの状況を。
「ごめん・・・辛い思い、いっぱいさせてしもた・・・」
抱き締められると、不思議とヒステリックは治まった。
同時に、絶対に彼の前では見せたくなかった涙が、勢いよく流れてきた。
あの時だって、泣かなかったのに。
「離れ、て・・・服、濡れちゃうから・・・」
「平気や・・・むしろ濡らしてくれてええから・・・」
「鼻水も付いちゃうから・・・駄目だよ」
「鼻水やって別に構わん・・・」
頭を撫でている優しい体温の大きな手のひら。
都合のよすぎる私の心は、
ずっと忍足にこうして欲しかったことを主張していた。
今まで拒んでいた私のプライドと身体は、
忍足の体温によってすっかり緩んでいた。
「好きや・・・
こないに長く片想いしとったんは、お前が初めてや・・・」
恋の感覚なんて、ちょっとしたことで見えなくなったりする。
ましてや一度振られていては、失ってもおかしくない。
それなのに、今ときめいているのは何?
一時的かもしれない。
また傷つくかもしれない。
「今すぐとは言わん・・・
俺やって1年前お前を振ったことを忘れ去るわけにはいかんと思ってるし、
相当卑怯なことしとることはわかってるからな・・・」
覚悟はあった。
この忍足侑士という男は、
そういう印象を持たせてしまう存在感だからだ。
だけど、今の私は・・・
それさえも気にならないぐらい、
愛されたいと思っていた。
もう一度愛したいと思っていた。
「私・・・今はまだ曖昧だけど・・・
もう一回、忍足を好きになる気がする・・・」
「まだ曖昧でもええよ、それは俺のハンデやねんから。
せやから、俺が絶対またお前を惚れさせる・・・」
ちょっとだけ体を離して、目を合わす。
優しく微笑む忍足は、私があの頃恋した忍足で・・・。
もう惚れたかもなんて思っていることは、
まだちょっと根に持っているから言わないでおこうと思った。
それだけの話だったはずの話。
これからの話。
――END
ということで!!!!!!!!
忍足侑士HAPPY BIRTHDAY!!!!
永遠の15歳、計算して24歳
おめでとう!
いつまでも変態で伊達眼鏡な侑士でいて下さい。(
かなりきつい話でしたが、愛の形として。
2008.10.15.wed 良唯
修正:12.02.01
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