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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
2013年 ホワイトデー掌編
 鋭い月がか細い光を地上に投げる。

「『天《あめ》の息《おき》、地《つち》の息、天の比礼《ひれ》、地の比礼 天の幽界《かくりよ》、日の幽界、月の幽界に行きかう三津《みつ》の魂…』」

 唱えられるのは神を祀りあげる秘詞。

「『大き小さき産霊玉の神の掟にちゆりほゆりと守沙汰し 空津彦《そらつひこ》、空津火気《そらつほのけ》、奇《くし》き三津の光を、たちまち天津《あまつ》奇《くし》鎮詞《しずめごと》によりて鎮め奉らん』」

 昌彰の前に鎮座しているのは所々が真新しい白木でできた社。
 秘詞が夜気に響くたびに四散していた神気が結集していく。

「(急がないとな…)『ふるべゆらゆらと 一《ひ》二《ふ》三《み》四《よ》、五《いつ》六《む》七《なな》八《や》、九《ここ》の十《たり》、百《もも》千《ち》、万《よろず》』」

 焦る気持ちを落ち着けて秘言を唱える。
 本日は三月十四日。ホワイトデー…
 なぜ昌彰が今日のような日にここにいるのか?

††††

「鎮魂?」

 陰陽寮に呼び出された昌彰は祖父である若明に問い返した。

「うむ。突然ですまんが行ってくれんか?」

「お爺様…今日が何の日かわかって言ってますか?」

 昌彰は頬をひくつかせながら微笑んだ。本日は三月十四日。ホワイトデーである。
 バレンタインデーに想い人からチョコレートを受け取っている身としてはこの日を蔑にすることほど恐ろしい物もあるまい…

「すまん…実は前の宮内大臣から泣きつかれてのう…」

 前線から引退して久しい。しかしその実力は衰えてなお凄まじく政界の有力者や財界の大物からの信頼は揺るぎない。
 そのためたびたび個人的な依頼が舞い込むことがあるのだ。しかしその数も決して少なくないためこうして昌彰が修行・実戦の一環として下請けすることも多い。

「だからと言ってなんで今日なんですか?」

 溜息をつきながら昌彰は渡された資料をめくった。

「すまんなぁ…手筈は全て整えておるから今日中には終わるじゃろう。よろしく頼むぞ」

「…承知しました」

††††

(迂闊だった…)

 昌彰は軽率な判断をした朝の己を引っ叩きたい気分だった。
 既に日は落ち、鋭い月が西の空に残っている。
 若明は鎮魂と言ったが、実際には穢された神の浄化だった。
 氏神を祀る小さな神社の御神体が盗まれ、なんとか取り戻すことに成功したらしいのだがその御神体に蠱毒が埋め込まれていたらしいのだ。
それを持ち込まれて若明が浄化を施して再度祀りあげる祭祀を行うだけでよかったはずだったのだが祀られていた社を見た途端嫌な予感に襲われた昌彰が社を調べてみれば社そのものにも呪詛が込められていたのだ。
それを取り除くために社の一部を作り直す羽目になったのだ。

「それではこれで祭祀は完了いたしました」

 スッと昌彰は礼をすると即座に踵を返そうとした。

「ちょ、待ってくれたまえ! 若明殿のお孫じゃ! せめて歓待だけでも受けて…「申し訳ありません。人を待たせておりますのでこれにて失礼します。何かございましたら祖父の方へ仰っていただければすぐに参りますので…『風神召喚』」うぉっ!?」

 もてなそうとする依頼主へと断りを入れ、自ら風神を駆って夜空へと飛びあがった。
 向かうのはゆらの待つ場所…

††††

「ゆらっ! 本当にすまん!」

 戻ってきた瞬間、昌彰は土下座する勢いでゆらへと頭を下げた。既に時計の針は零時を回っており、日付はとうに変わっている。

「え、ええよ昌彰! 仕事やったってわかってるんやから…」

 ちゃんと連絡ももろたしと笑顔で言ってくれるゆらだが昌彰は納得できていないようだった。

「いや、そもそもホワイトデーだからと言ってみんなに休暇を出したのがまずかったんだ…こういう場合も考慮して相手のいない天空や太裳か白虎辺りを残しておけば…」

「それはかわいそ過ぎると思うで?」

ちなみに天空たちは揃って本霊たちのところへ戻っていた。

「うう…。すまない…それでお返しなんだが…今から出られるか?」

「へ? 今から?」

「ああ」

 慌てだすゆらを尻目に昌彰はキッチンへと消えていった。

(え、えっと…こんな夜中に出かけるって…そ、そう言うことなん?)

 何を想像したのかゆらは赤く染まった頬を誤魔化すように顔を振った。

「よし、ゆら…どうした?」

「な、何でもない!」

 そう言ってぶんぶんと手を振って否定するゆらを見て不思議そうにしながらも昌彰はゆらの手を引き、ベランダへ出ると風神を召喚した。

「なあ昌彰、どこに行くん?」

 夜景の輝く繁華街を離れていくのを見てゆらは昌彰に行き先を問う。

「もう着く。というかここだ」

 そう言って二人が降り立ったのは山の中の開けた場所だった。

「ここ?」

 暗視の術をかけていないゆらは頼りない月と星明かりだけでは周りを覆う闇を見通すことはできない。

「ああ、暗視の術はいい。今明かりをつけるから」

 昌彰はそう言って刀印を結び、呪を唱えた。柔らかな光放つ光球が八つ昌彰達を囲むように広がっていく。

「わぁ…」

 ゆらは思わず溜息を漏らした。柔らかな光に照らし出された薄桃の花。微かにほころんでいる新芽の若葉。

「山桜だ。帰りに見つけてな…座らないか?」

 そう言う昌彰は既にレジャーシートを広げて腰をおろしていた。
 桜を見ながら隣に座ったゆらに湯気の立つカップが差し出された。

「また少し冷えるからな」

 ふわりとした紅茶の香りが立ち昇る。シートの上にはクッキーの皿が置かれていた。

「少し遅れたけどホワイトデーのお返しだ」

「昌彰…ありがとう…」

 そう言って昌彰とゆらは微笑みかわした。


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あきゅろす。
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