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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第七夜 新月の夜 〜戦いの幕開け〜
清継の別荘に入った皆の第一声は次のようなものだった。

『おおおお…』巻・鳥居

「成金趣味っすね」島

「若…何ですかコレ?」「すごいね…」氷麗+リクオ

「悪趣味…」「だな」ゆら+昌彰

暖炉にシャンデリアなど洋館にある装飾に、白磁の壺やら鷲の木彫…

和洋折衷といえば聞こえはいいが、とにかく高そうなものが洋の東西を問わずに並んでいる。

「父の山好きがこうじて建てた別荘でね。この山の妖怪研究用に建てかえさせてもらったものだ」

「ハハ…」

清継が胸を張って言うが昌彰は乾いた笑いしか漏らせなかった。

妖怪研究用に、って、親もよく許可したものだ。

「(うちらがそんなこと言ったら元も子もないんやない?)」

ゆらが昌彰の考えていることを見抜いて囁いてくる。

「(確かにそうだな…)」

昌彰達がそんな会話をしているとは知らずに清継は奥の引き戸を示した。

「さあ、この奥が特製の温泉だよ。女の子たち…先に思う存分入るがいい」

その言葉を受けて巻と鳥居がいの一番に温泉へと駆けこむ。

「うあああ―――すご―――い!!」「豪華すぎる〜〜」

昌彰達からは見えないが、温泉の豪華さに二人ともテンションを異常に上げて戻って来た。

「さっそく入ろ!!露天風呂だよ!!」「行こーぜ、カナ〜つらら〜。ゆらも〜」

それに引きずられるように女子は全員温泉に連れていかれた。

「…清継。俺たちの部屋は?」

嵐のように女子が去って行ってから昌彰は清継に聞いた。

「ああ、こっちだよ」

そう言って清継は先頭に立って歩き出す。

「二階は一人部屋の客間が八つある。好きな部屋を選んでくれ」

そう言って鍵を差し出してくる。

「ボクの部屋は一階の奥にある。荷物を置いたら一階のリビングに集合だ」

部屋割は、1カナ、2リクオ、3氷麗、4島
     8ゆら、7昌彰、 6巻、 5鳥居
となった。

なんとなく誰かの邪な意図が感じられる気もするが…

それぞれ自分の部屋に荷物を置きに行く。

「…これは素直にすごいな…」

十畳ほどの広さにシングルサイズの綺麗なベッド。簡易式のバーカウンターとキッチンに冷蔵庫。

ちょっとしたビジネスホテルよりはるかに快適で、豪華な部屋だ。

「しかし、別荘らしくはないな」

感心したように部屋を見回していると部屋の扉がノックされた。

「昌彰くん、そろそろ行こう」

「おう、ちょっと待ってくれ」

昌彰はそう言ってバッグから呪符入れを取り出した。

「待たせたな。リクオ」

ドアを開けるとリクオが一人で待っていた。

「ううん。島くんは先に行ったみたい。なんかすごく張り切ってたけど」

そう言いながら階段を下りるとリビングからその島の声が聞こえてきた。

それを聞いてリクオは顔を引き攣らせ、昌彰は無言で微笑んだ。

―――

「行かないんですか清継君!?今覗けば…「どこを覗くって島?」…そんなの決まってるじゃないですか!!女y…って安藤さん?!」

清継に対して力説していた島はそのまま振り返って続けようとした。

しかし、島はみなまで言わずに…いや、言えずに終わった。

島の目に入ったのだ。怖いくらいに優しげな笑みを浮かべた昌彰が。

「もう一度聞こうか。島、どこを覗くって?」

昌彰は笑顔のまま島に問いかける。だが、目は完全に据わっているうえに、右手は既に刀印を結んでいた。

「いっ…いえ!なんでもないっす!」

島だけでなく清継も焦ったように首を振り、軽く震えている。

それほどの気迫を昌彰は放っていたのだ。

「…ならいい。俺はすることがあるから」

昌彰はそう言って呪符入れから数枚の符を取り出した。

「昌彰君、どこに行くの?」

リクオがリビングから出ていこうとする昌彰を呼びとめた。

「一応侵入者除けの結界を張って来る(…安心しろ。害意のある奴だけを排除するようにしとくから)」

侵入者除けと聞いて顔を曇らせるリクオに小声で囁いた。

「んじゃ、清継達が暴走しないように見といてくれ。頼んだ」

††††

「あ――来てよかったぁ―――」

湯気で霞みがかった露天風呂に巻のハートマーク全開の声が響く。

「妖怪とか全然興味ないけどォ。この別荘気に入っちゃったぁ―――!」

天然石の湯船に源泉かけ流し、さらにはちょっとした庭園に石灯籠まであるのだから温泉旅館顔負けである。

「もう一生ついてく―――!!」「巻ー、あんた現金すぎるよ―――」

キャイキャイとはしゃぐ巻と鳥居をよそに、ゆらは静かに瞑想して自分の精神を高めていた。

(…お兄ちゃんは大きい方が好きなんやろか?…はぁ…わたしもあんくらいあったら…)

…前言撤回。一人で悶々と妄想していた。

ゆらはそんな事を考えながらチラチラと巻へ視線を向け、自分の胸元にも視線を下ろす。

堂々と存在を主張している巻のものとくらべると随分と控えめな自分のもの。ゆらは小さく溜息を吐いた。

別にゆらが小さいわけではない、比較の対象の発育がいいのだ。ゆらだって年相応の成長はしている。

カナや鳥居となら比べても遜色ない?、というかドングリの背比べだが。

(今度聞いてみようかな…)

一応周囲を警戒していなければならないはずなのにゆらは完全に自分の世界に埋没していた。

「ゆ〜らちゃん」

巻と鳥居が声をかけてきても気付かないくらいに…

「(でもそれで大きい方が好きとか言われたら…)「ゆらちゃんってば!」へ?な、何?!」

両側から二人に揺さぶられてゆらはようやく現実に回帰した。

「ムフフ…」「!!?」

ゆらは巻の浮かべる意味深な笑みを見て咄嗟に逃げようとするが両手を左右から掴まれて身動きさえできない状態にされてしまった。

「な、なんやの?」

「えー?ゆらちゃんが普段どんな生活してるか聞こうかなーって思ってー」

鳥居が左から女子同士がある特定の話をするときに使う笑顔を浮かべながら聞いてくる。

合宿で、お風呂で、女子しかいない。こうなると話題は必然的に絞られてくる。

「べ、別にみんなと変わらへんと思うけど?」

逃げるようにゆらは右手に視線を向ける。そこには同じ笑みを浮かべた巻がいるわけで…

「えー?でもこの中じゃ唯一の彼氏持ちじゃん?なんかあるでしょー?」

「か、彼氏って…うちらは兄妹で…」

「義理のでしょ?それに婚約者なんだしー」「ねー」

「そ、そんなん言われたって…ブクブクブクブク」

追い詰められたゆらはお湯の中に逃げ込んだ。

「ねー。カナも氷麗も聞きたいよねー」

巻は止めにカナと氷麗を呼んだ。

(助けて〜家長さーん)

ゆらは懇願の意思を込めてカナを見やるがカナは気付いていないようだった。

というか先程のゆらと同じような表情をしている。

心ここにあらずといった様子でザブザブと湯の中をこちらに近づいてきた。

「って氷麗は?」「そう言えばいないね」

巻と鳥居は氷麗を探して視線を巡らせる。

「ゴポッ…最初から入ってきてへんかったと思うけど?」

ゆらは湯から顔をあげ、そう言った。確か脱衣所までは一緒だったはず…とそこまで言うとカナがいきなり行動を変えた。

「ゴメン!わたしもう出るね!」

「へ?」

そう言ってカナは脱衣所の方へ駆けて行ってしまう。

「ちょ、家長さん〜!?(置いてかんといて〜!!)」

ゆらの心の叫びも空しく、カナはさっさと脱衣所に消えていった。

「…仕方ない、ここは…」「じっくり聞かせてもらいましょうかね?」

「へぅ?」

露天風呂には獲物を狙う二羽の鷹と狙われた小鳥だけが残された。

††††

「ふぅ…これでいいだろう」

そう言って昌彰は柏手《かしわで》を打った。宵闇に澄んだ音が響き渡る。

それに別荘の外壁に貼られた四枚の呪符と四隅に立てられた桃の枝が反応し、別荘の四方を囲む長方形の結界となった。

この中にいれば例え寝込みを襲われることになっても大丈夫だろう。

「夜になって多少妖気が漂ってきた気もするが…問題は露天風呂の方か…」

脱衣所と露天風呂はL字型に少し飛び出しており、今回張った結界からはみ出してしまっている。

さすがに女子が入浴中に風呂場の近くをうろつくのは躊躇われた。

覗きと思われるのは嫌だし、第一に結界に使える呪符がもうない。

「あとで作っておこう…」

昌彰は少し迷ったが、結局女子が上がってから別に結界を張ることにして玄関へと戻った。

「一旦部屋に戻るか…おい、きよつ…ぐ?」

一応伝えておこうとリビングに顔を出した昌彰だったが、そこには誰もいなかった。

「一体どこに?…!おいおい…」

窓際の小卓におかれているのは二枚の護符。間違いなく先程清継達に渡したものだった。

さらに中央におかれていたテーブルには一枚のメモ用紙が置かれていた。

『ゴメン昌彰くん。やっぱり清継くんを止められなかった。だからボクもついていく。
できるだけ早く戻るようにするから…
P.S. できたらでいいから襲われても滅さないようにしてほしい。ここはボクの配下のシマだから…』

途中まで呼んで、昌彰はそのメモを握りつぶした。

「お人よしすぎるぞ、リクオ…白虎!」

残された護符をポケットに押し込み、昌彰は行動を起こした。

『ここに』

即座に白虎が風を纏って顕現する。

「風読みでリクオ達の居場所を探れるか?」

玄関まで駆け戻りながら昌彰は白虎に問う。風読みで居場所が特定できればすぐにでも引きずり戻す勢いだ。

『すまないが無理だ』

「なにっ!?」

苦い顔で否と言った白虎を昌彰は問い詰める。

『この嵐…風に妖気が満ちている。これでは人間の気配はおろか、妖怪の気配も読むことはできぬ』

昌彰は知らないが、今夜リクオを討つために牛鬼の配下の者が活発に動き回っていた。

それがこの山に妖気を充満させる結果となったのだ。

「…!」

玄関を出て、昌彰も白虎の言葉を実感した。先程までと比べ物にならない妖気が辺りを満たしている。

『どうする?昌彰』

さすがに合宿まで式盤を持ってくるわけにもいかないので占いは使えない。星見はこの嵐の夜に可能なはずがない。そうなれば…

「…直接探す!天后!」

『お呼びですか』

「ゆら達の護衛を頼む!行くぞ白虎!」

『かしこまりました』『御意』

††††

「行ったね…」

森の木々に紛れ、別荘を監視する一つの影。

「根香《ねごろ》…行け」

その言葉に応じて小山のような影が動き出す。その数、十数体。

静かにしかし着実に白虎の風を駆る昌彰を追いかけ始めた。

「さて、こっちは女ばかりか…いいよみんな…さっさと片付けちまおう」

鬱蒼とした森から現れたのは六体の巨大な体躯をもつ牛の鬼。

そいつらは露天風呂を囲むように闇に紛れて蠢きだした。

††††

「っ!!」

「ん?どったの、ゆらちゃん?」

先程まで顔を真っ赤にしていたゆらがいきなり顔をあげたのを見て、巻は怪訝そうな顔を向けた。

「妖気が…」

周囲の闇には妖気が満ちていた。先程までの比ではない。

「二人とも下がって!!」

ゆらは湯船の淵においていたタオルと呪符入れを引っ掴んだ。

「ど、どうしたのゆらちゃん!?」

ゆらのいきなりの行動に、巻と鳥居はしばし茫然となる。

ズガァッ!!

「「えっ?」」

メキャ!バキッ!

「「ええええ〜っ!?」」

露天風呂の垣根を踏みつぶして現われたモノ。

それは全長が三メートルはゆうにあるであろう、巨躯の大鬼。

「クカカ…」

さらにその上に立ち上がる小柄な影が一つ。

「喰え」

グアアアァッ

その一言で風呂場を取り巻く鬼達が動き出した。

「禄存!」

ゆらが放った呪符が光を纏って鋭い角を広げたエゾジカの式神となる。

ドシャァッ!ギチッ!

禄存はその角で鬼の突進を受け止め、自慢の脚力で押し返す。

「くっ!?式神…もう一人の術師か!?」

「入浴中の陰陽師を襲うなんて…ええ度胸やないの!!」

ゆらは正面にいる鬼の頭上にいる馬頭丸を睨みつける。

「ちっ!宇和島!」

馬頭丸の乗る鬼が目の前で別の鬼を喰いとめている禄存めがけてその爪を振り下ろす。

「禄存!?」

咄嗟にゆらは避けるように命じるも、その間にも爪は禄存の背へと迫っていた。

バシュゥッ!

「なっ!?」「え?」

温泉から立ち上った湯の障壁が宇和島の爪を退けた。

『やはり来ましたか…』

「!別の式神か?!」

脱衣所から静かに歩み出たのは銀髪をなびかせた女性の神将。

『戦力を分断して各個撃破する。悪くない戦略ですが、我が主は読んでいましたよ』

彼女が操る水は自在にその姿を変える。

「「綺麗…」」

巻と鳥居も初めてみる十二神将の人外の美しさに思わず呟いた。

『十二神将が一人、天后。我が主、昌彰様の命によりお守りいたします』

††††

「さぁ〜行くぞ〜!!我らが清十字怪奇探偵団レッツゴーだ!」

その少し前、リクオと清継達は別荘からけっこう離れた場所にいた。

先頭に清継が立ち、島とリクオがそれに続く。殿を務めるのは氷麗だ。

そしてそれらを樹の上から見下ろす一つの影。

―――

(あれが三代目…ならば側近もこちらにいるか…)

牛頭丸はそれを見極めるべく、監視を続けた。

付かず離れず、巧みに妖力を隠し、気取られぬように、細心の注意を払って。

(しかし…あれで側近か?)

牛頭丸は氷麗の行動に思わず溜息をついた。

警戒しているのであろうが、明らかに挙動不審。

ただのタヌキを妖怪と間違え、警護の対象を崖から突き落とすわ、樹の穴に入ろうとしてリュックが引っかかるわ、挙句の果てには蜘蛛の巣を罠だと勘違いするわ…

(…ったく、これだから本家の野郎は…)

こみ上げてくる溜息を必死で抑える。

牛頭丸は牛鬼の側近としてその事に誇りを持っていた。

だからこそ、氷麗の空回りした行動に余計に腹が立ったのだ。

「そろそろ頃合いか」

牛頭丸は小さくつぶやいた。

リクオ達が進む先にあるのは別れ道。分断するならばここが最も適している。

「…………」

――――

闇の中から響いた人にあらざる者の声。それが唱えたのは呪文か呪歌か…

どちらにしろ、その効果で前を行く二人の人間はその意思を奪われた。

「おや…別れ道だ…島くん。どっちに行ったら妖怪に会えるかな?」

「ボクは…左だと思います」

「僕は…右だなぁ…二手に別れるか」

「名案っすね〜」

島と清継はそう言って勝手に左右に別れた。

「え?ちょっと待ってよ二人とも!?」

リクオは焦って止めようとするが二人は振り向きもせず黙々と進んで行く。

「様子がおかしい。急に…氷麗は島くんを追って!!」

「待って下さい、若!」

氷麗は必死でリクオを押しとどめた。ただでさえ護衛は一人しかいないのにこれ以上リクオを無防備にするわけにはいかない。

「ここで別れたら、もし何かあった時に困ります!」

「いいから行くんだ!早くしないと手遅れになる。氷麗は島くんを!」

リクオは氷麗の腕を解き、背中を押して島の行った道へと押し込んだ。

その時に微かな紙の音が聞こえたのを氷麗は聞き取ることができなかった。

††††

『はあぁっ!』

裂帛の気合と共に放たれた三本の水の鉾。そのうちの一本が正面にいる鬼の右腕を肩からもぎ取った。

落ちた腕が庭園の石灯籠をなぎ倒す。しかし…

ザバァッ!

左右に展開した二本はそれぞれ鬼の爪で散らされてしまう。

『っく!』

天后は思わず歯がみした。天后は攻撃の術を持つ神将の中で最も通力が弱い。

だから通常、後方支援や守りに回ることが多かった。

「貪狼!」

ゆらが新たな式神を呼ぶ。日本狼の式神−貪狼が禄存の抑え切れない鬼を食い止める。

現在、天后が三体と対峙し、禄存と貪狼が二体ずつ。そして馬頭丸が乗る鬼が一体。

多勢に無勢と言った状況であるが天后の瞳に焦りの色はない。

むしろどこか嬉しそうな輝きが宿っている。

戦うだけなら闘将たる青龍か六合を回せばよかったはず。

護るだけなら同じ水将たる玄武でもよかったはずだ。

残る朱雀は火将だから水場では不利、白虎は風が必要だから回せない。

だが、それらの神将は全て男の神将であった。

『女湯を襲うならそれ相応の覚悟があるんでしょうね?』

そう言って天后は馬頭丸を睨みつける。

自らでなければならない任というのは、天后にとって久しぶりであり、嬉しい事でもあった。

『激流破!』

放たれるは水流を伴った神気の波動。

青龍の剛砕破を原型に、弱い通力を水圧で補った天后の持てる最大級の攻撃。

叩きつけられる神気と水圧は正面にいた鬼を完全に叩き潰した。

「!うぉっ!?」

激流破の余波は他の鬼にも届いた。馬頭丸の乗る鬼も例外ではない。

「今や!貪狼!喰らいー!」

グギャァァー

貪狼の牙が体勢を崩した鬼の喉笛を切り裂いた。

「くっ!女の式神と陰陽師は後回しだ!そこの二人を先にやってしまえ!ただの女だぞ!」

そこから鬼達の動きが変わった。先程までは最大戦力である天后とゆらを集中的に狙っていた。

だが、今度は狙いを戦う術を持たず、守られているだけの巻と鳥居に向けたのである。

「あんたら!お兄ちゃんからもらった護符は!?」

必死で巻達を守るために鬼達の猛攻を捌きながらゆらは叫んだ。

「あー、それがその…」「濡れちゃいけないと思って…」

脱衣所において来たらしい。

「!」

ゆらは舌打ちしそうになるのをなんとか踏みとどまった。

昌彰の護符による護りがあれば、多少は攻撃に出ることができるのだが…

(あかん、これじゃ護ることはできても攻撃でけへん…)

庇いながらなので動きが制限されてしまい、決定打が打てないのだ。

『巻さん!鳥居さん!建物の中へ!』

天后は二人に叫んだ。はっきり言って何もできない二人がいては足手纏いだということは天后も感じていたのだ。

昌彰の結界の中に入ってしまえば、後ろを気にせずに戦える。

「え?あ、はい!」

巻が何か思いついたような顔をして脱衣所の中に飛び込んで行った。鳥居もそれに続く。

『ゆら様!そちらは…[侵入者〜侵入者〜]…は?』「へ?」

間の抜けた機械音声がその場に響いた。

「…なんだ…?」

天后だけでなく、ゆらも、果てには敵であるはずの馬頭丸でさえ思わず動きを止めた。

振り返った天后とゆらの目に飛び込んできたのは降ろされたシャッター(『お祓い済み』と書かれている)。

清継自慢(苦笑)の妖怪セキュリティだ。

「…宇和島…」

溜息を押し殺した馬頭丸が命じると天后の相手をしていた一体が脱衣所の方へ回り込んだ。

結界ギリギリのところから脱衣所を破壊する。

「何よこれぇぇ!!全然役にたたねえぇ!!」「清継のアホー!!」

それに追われる形で巻と鳥居が戻ってきた。

『……………』

天后は怒鳴りつけそうになるのを必死で堪えた。これが青龍だったら確実に二人を怒鳴りつけただろう。

何故この土壇場で清継の用意したセキュリティに頼ろうとするのか…

せめて護符だけでも持ってきてくれていればと天后とゆらは思った。

当然ながらパニック状態の二人にそんな判断ができるはずもなく、状況は逆戻りしただけ。

いや、むしろこれによって四方を完全に囲まれてしまったのだ。

「これで、逃げ場はなくなったな」

馬頭丸は配下の鬼の上で口を笑みの形に歪めた。


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あきゅろす。
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