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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第六夜 合宿 〜行き先は妖怪の住まう山〜
「う・・・」

「う?」

日時は一番街の騒乱が起こった翌日の放課後。

場所は清継達の一年の教室。黒板には「清十字怪奇探偵団 第三百六十二回 妖怪会議」の文字。

「うらやましい〜〜〜〜〜」

清継の羨ましいというより恨めしいとでも言いたげな声で清十字…長いな〜中略〜妖怪会議は幕を開けた。

「うらやましくなんかないよ…すっごく怖かったんだからね!!」

カナは清継に呆れた視線を向けながらゆらに同意を求めた。

「家長さん…ごめんなさい…私にもっと力があればよかったんやけど」

ゆらは縮こまりながら謝った。ちなみに制服は破られてしまったので体操服の上着のジャージを着ている。

「その件については俺も謝らないといけないしな。ゆらが知らせてくれたのに場所の特定ができなくてな…」

半分は嘘だが、そう言って昌彰も遅くなってすまなかったとカナに頭を下げた。

「そんな、ゆらちゃんも昌彰さんも謝らないで下さいよ。最終的にはちゃんと助けてくれたじゃないですか」

慌てたようにカナが両手を振った。

「(それに悪いことばかりじゃなかったしね…)」

「しかし君らがピンチだからこそ彼は現れた!!しかも陰陽師である安藤さんと花開院さんがいたのに!!」

カナが呟いた言葉は清継の興奮した叫びによって掻き消された。

「それでこそボクの憧れる夜の帝王!妖怪の主なんだ〜〜!!」

清継の快哉が教室に響き渡る。

(…たく、のんきなもんだな。下手したら喰い殺されてたかもしれないんだが…)

今回は極めて特殊なケースだ。普通なら妖怪が人間を人質に取るとは考えにくい。

何故か妖怪に捕まる算段を立て始めた清継に昌彰は島と共に呆れた視線を向けた。

「(…っと、それよりも…)及川さん、今日リクオはどうしたんだ?」

端の方で皆のやり取りをニコニコと眺めていた氷麗に昌彰は声をかけた。

「何ですか陰陽師。リクオ様なら…あれ?」

「だから聞いたんだがな…」

いつもならこの辺でリクオが止めに入ったりするはずなのだが今日はそれが無い。

「家永さん、リクオはどうしたんだ?」

昌彰はリクオと一緒のクラスのカナにも訊ねる。

「…リクオ君?そう言えば朝から見てないかも」

カナが今にも眠りそうな目を擦りながら思い出すようにして言った。

「!!!」

その言葉を聞くやいなや、氷麗は笑みを凍らせ、教室から飛び出していった。

††††

「で、ただの風邪なんだな?リクオ」

今、昌彰は奴良組本家にいる。リクオが学校に来ていないと知って飛び出していった氷麗を尾行してついてきたのだ。

「うん。心配かけてゴメン昌彰君。わざわざお見舞いまで来てくれて」

そう言うリクオの頭には巨大な氷の塊が浮かんだ氷嚢が乗っている。物理的にどうして落ちないのかが甚だ疑問だが…

「いいさ、この前来れなかったから来てみたかったのもあるし(…しかし、ぬらりひょんの血は人間に近いのか?)他に具合が悪いところはないのか?」

昌彰が気にしたのは妖怪の血が覚醒したことによる人間としての体への負荷だ。

強い妖であればその力は人としての命と魂までも蝕んでいく。

「あ、うん。本当にただの風邪だから…」

そう言っているリクオは普段より顔は赤いが、他に異変は見受けられない。

「ならいい。あまりきついようなら快癒の咒《まじない》を施すけど…」

ガラガラガラッ

昌彰の言葉の途中で障子があいた。

「あ、氷麗。さすがにこれは…え?」「お?」

障子を開けて縁側から顔を覗かせた意外な人物にリクオと昌彰は驚いた。

「やっほ!」

「か、カナちゃん!?」

「家長くんだけじゃないぞ!」

見ると清継、島、巻、鳥居もいた。ゾロゾロと部屋の中へ入って来る。

「昌彰さんも来てたんですね」

カナが昌彰を見つけて話しかける。

「ああ、この前来れなかったから見舞いに来ようと思ってな。みんなで行くならそう言ってくれればよかったのに…」

もっとも、聞かれてはまずい話をするために来たのだから一緒に行くはずもないのだが。

「そう言えばゆらは?」

昌彰はメンバーの中にゆらがいないことに気付いた。

「ああ、ゆらちゃんなら…「ゆらくんなら新しい制服を買いに行ったよ」…だそうです」

「ああ、なるほど(あれ?ゆらのやつ金持ってるのか?)」

昌彰は昨日、家計を預かる際に生活費の分を受け取っている。たぶん今のゆらの財布にはお小遣い程度しか入っていないだろう。

女子の制服がいくらするかは知らないが、確か大抵男子の制服よりは高いはず…

「(白虎、このカードをゆらに届けてくれ。暗証番号は12○7だ)」

『承知』

昌彰は財布から銀行のキャッシュカードを取り出し、白虎に渡した。

白虎は風を駆り、一路ゆらの下を目指して飛んでいく。

「しっかし、情けないわね〜ゆらとカナは妖怪に襲われても学校に来たっていうのに」

「ねー」

巻と鳥居が頷き合っている。随分軽く言ってくれるが、最初の付喪神騒動の時にいなかったから仕方ないのか。

「それじゃお薬もらってくるね」

カナがそう言って立ち上がり、襖に手をかけた。

「お待たせ〜リクオさ…」

ガシャンッ

派手に陶器の割れる音が響いた。

昌彰が音源の方を見ると鉢合わせしたカナと氷麗。そしてその足元に砕け散った湯呑茶碗。

「ハゥワ…」「家長…(なんでここに!?)」

完全にカナも氷麗もてんぱっていた。

「及川さん!?」「なんでここに!?」

島や清継もそれに気付いた。特に島は愕然としているが…まあ無視しよう。

「ホ…ホホホ(おちつけ私!!全滅させてごまかそうなんて考えちゃダメ!!)」

「(マズイな…)ごめんね及川さん。道案内させて」

氷麗の目が妖怪時の色に変わっているのを見て昌彰は口を挟んだ。

「えっ!?あ、はい。気にしないでください!」

咄嗟に氷麗も話を合わせる。

カナも一応の納得を見せる。

「みんなもすまないな。勝手に来てて」

昌彰は改めて全員に向き直って謝った。

「構わないさ!及川くんもお疲れ様だね。それより…」

清継はそう言って通学カバンからノートパソコンを取り出す。

「ゴールデンウィークの予定を発表する!!」

††††

GW初日、昌彰達清十字怪奇探偵団は合宿のため一路西へ向かっていた。

−新幹線の中−

「さぁ…みんないいかな?それで…」

全員が無言で頷いた。

「よし…いくぞ!!せーの!!」

一斉に全員、額においたカードを場に出した。

−結果−
ゆら 12 鴉天狗
カナ 7 旧鼠
氷麗 9 雪女
リクオ 13 ぬらりひょん
昌彰 13 天狐
鳥居 10、 巻 8、 島 3
…清継 1 納豆小僧

「ぐあああ!また負けたぁぁ」

「くそーまたリクオと花開院さんと安藤さんの勝ちかよ!!」

「ちくしょー持ってけよ…賭けたお菓子全部持っていけばいいだろー!!」

清継と島の絶叫が車内に響いた。

「しかし、リクオも安藤さんも強いよな。しかもカードも最強ばっか」

リクオはぬらりひょんを、昌彰は天狐を常に引いていた。

「たまたまだよ。たまたま」

「…まあかなり珍しい偶然だな(縁がある妖だし…)」

リクオはぬらりひょんの血を継ぎ、昌彰は…

――――

「捩眼山伝説…ですか…聞いたことないですね。すみません…お兄ちゃんは?」

ゆらは妖怪ポーカーで勝ち取ったお菓子をモグモグ頬張りながら昌彰にも聞いた。

「…ゴクン。悪い…俺も聞いたことがない」

昌彰も頬張った菓子をジュースで流し込んでから答える。

リクオと昌彰はこれまで十九連勝。ゆらもそれなりに勝っている。

話題に上っているのは今回の合宿の目的地、捩眼山。そしてそこに残されている妖怪伝説だ。

(十二神将に聞けば何かわかるかもとは考えたが…)

「ふふふ…そりゃー、ゆらくんや安藤さんが知らないのも無理はない!!」

詳しいマニアしか知らないような伝説だからね、と清継が自慢げに語る。

「そのためには『妖怪の知識』をためなければ!!さあ!はいもう一度!!」

清継はあきらめが悪いのか粘り強いのかもう一度妖怪ポーカーを挑んできた。

−結果−
リクオ、ゆら、昌彰 13
カナ 8、氷麗  9、鳥居 7、巻 6
島 3…清継 1

††††

「で、待ち合わせの『梅若丸の祠』とやらはどこにあるんだ?清継」

妖怪博士とやらから清継が課題として探すようにいわれた祠を探して山の中を歩き回ること一時間。

「あ、え〜と…」

『運』と『感覚』を磨いていればおのずと見つかる…その博士にそう言われたらしいが、この二点に関して絶望的な清継が指揮をとっていては見つかるものも見つからない。

「リクオ、ゆら。おまえ達が先頭を行け」

昌彰は清継から地図を回収し、後を振り向いた。

「「え?」」

「ゆらなら勘がいいし、リクオにはさっきのポーカーみたいな強運がある」

実際にゆらの陰陽師の直感とリクオの妖怪の血があれば見つかるだろう。

「お兄ちゃんは?」

「俺は殿《しんがり》を務める」

そう言って昌彰はリクオに地図を渡して、最後尾にいるゆらを前に行くように促した。

††††

「これが『梅若丸の祠』?」

先頭を清継からゆらとリクオに変えて五分後。あっけなく問題の祠は見つかった。

「間違いないよ!さすが奴良くんに花開院くんだ!」

「…清継。お前は何もしていないだろ」

興奮して歓声を上げる清継に昌彰はぼそりと呟いた。

「(お兄ちゃん…なんか不穏な気配が…)」

ガサッ

ゆらがそう昌彰に囁いて来た時に背後から草を踏む音が聞こえた。

咄嗟にゆらは呪符を構え、昌彰は右手で刀印を結ぶ。

「何者だ!?」

「意外と早く見つけたな。さすがは清十字怪奇探偵団」

昌彰の誰何の声に返って来たのは中年の男のだみ声だった。

「ああ!!あなたは!!」

唐突に清継が声をあげる。

「知ってるの清継君?」

昌彰の後ろで背中にカナを張りつかせたリクオが清継に聞いた。

「作家にして妖怪研究家の化原先生だよ!!お会いできて光栄です!!」

そう言って清継は駆け寄って握手を求めた。

「それより…この梅若丸って…何ですか」

妖怪博士の容姿に若干引き気味のゆらが祠の方を見ながら聞いた。

「いやぁ…うれしいな。こうも若い年で妖怪が好きな女の子たくさんいるなんて」「俺も興味があるから是非聞きたいですね」

じりじりと近寄って来る妖怪博士に昌彰はゆらを背後に庇って割り込んだ。

「ああ、そいつはね…この山の妖怪伝説の主人公だよ。ついておいで」

そう言って妖怪博士は昌彰達を先導して歩き始めた。

時刻は既に夕方。夕日が辺り一面を深紅に染める逢魔時(おうまがとき)。

木々の影が昌彰達の歩く石段を縞模様に彩っている。

「ん?何だこれ…?」

巻が注連縄の巻かれた太い円柱の前で足を止めた。

樹にしては表面が滑らかすぎる。よく見ると下に行くほど徐々に細くなっているようだ。

「それは爪だよ」

「「「「爪!?」」」」

昌彰達清十字団の面々は絶句した。昌彰とゆらが周りを見渡してみるとその辺の樹にも数本ずつ爪らしいモノが刺さっている。

「ここは妖怪が住まう山だ。もげた爪くらいで驚いちゃーこまる」

そういう妖怪博士化原の顔には狂気じみた笑みが浮かんでいた。

「(お兄ちゃん。これ本物なん?)」

ゆらは昌彰に囁いた。その顔には微かに焦りと緊張の色が見受けられたが、恐怖は欠片も見られなかった。

「(…わからない。青龍、六合どう思う?)」

昌彰に呼ばれて青龍と六合が顕現した。

『結論から言えば本物だ』『ただし数百年前のモノだがな』

ちらりと爪に視線を向けて青龍は断言した。その後に六合が補足を入れてくる。

何故か二人ともゆらには聞こえないようにして。

「(一体どんな…)」

昌彰の疑問に答えたのは青龍でも六合でもなく化原だった。

「この山の妖怪伝説の主人公。山に迷い込んだ旅人を襲う妖怪…その名を“牛鬼”という」

化原が指差す先には巨大な牛の妖怪の像があった。

「(さすがにこれはまずいんじゃないか?)」

数百年前とはいえ本物の妖怪のモノなら無視するわけにはいかない。現在まで伝承が残っているなら尚更だ。

『大丈夫だろう。この山を支配する牛鬼はあいつの…奴良組の傘下だ』

青龍はリクオを一瞥して告げた。これがゆらに聞かれないようにしていた理由だった。

「(そうなのか!?…なら…)」「(お兄ちゃん、何やって?)」

ゆらが堪え切れなくなったのか昌彰をせっつく。それと同時に青龍と六合は隠形し、霊符に戻った。

「(…いや、よっぽどの事が無ければ大丈夫だろうって話だ。一応警戒はしといたほうがいいかもしれないけど)」

「(そうなん?ならええけど…みんなの事はどうするん?)」

見ると巻と鳥居、リクオが山を下りようとしている。

「(一応護符を持たせておけばいいだろ)」

そういいながら昌彰は呪符入れに入れてある護符の枚数を思い出した。一応多めに作ってあるから足りるはず。

「待ちたまえ!!暗くなった山を下りる方が危険だ!!それにおりるてもバスはもうない!」

清継のその台詞に駆けだそうとしていた巻達は止まった。

「その件に関しては清継の言うとおりだな。それに今日は新月だ」

整備されているとはいえ、何の明かりも無しに山を下りるのは危険すぎる。

「それにボクの別荘はすぐそこだ!!この山の妖怪研究の最前線!!セキュリティも当然バツグンだ!!」

清継が指差す先にはかなり大きな建物が見えた。

「…セキュリティねぇ?(どこまで信頼していいのやら…まあ、よっぽどの事が無ければ大丈夫だと思うが…)」

「(たぶんほとんど無意味やと思うよ)」

清継の家の収集物の実態を知る昌彰とゆらは苦笑を浮かべるしかなかった。

「セキュリティ?妖怪に?きくかな…?」

リクオも同じように思ったようで疑問の目を清継に向ける。

「まぁ…いうても牛鬼なんぞ伝説じゃから、あの爪も誰かの作り物かもしれんし」

「ほらほら、先生もこうおっしゃってるわけだしね!温泉と食事が君たちを待ってるよ?」

化原の言葉を受けて清継がさらに推し進める。

「それは…うう〜…」「でも…」

温泉と食事という言葉に帰る気でいた巻と鳥居が迷ったような声を出す。

「それにほら!襲われたとしてもこっちには少女陰陽師の花開院ゆらくんと少年陰陽師の安藤昌彰くんがいるわけだ!!」

バァ〜ンとか効果音がつきそうな感じで清継はゆらと昌彰を示す。

「ねえ!?二人とも大丈夫だよね!?」

清継はVサインを二人に突き付けた。

「今度こそしっかり汚名返上しなきゃ」

ゆらはそう言いながら濃紺の地に金糸で七つの星の輝きをあしらった名刺入れに似た呪符入れを取り出した。

「まあ…な。とりあえずみんなにはこれを渡しておくよ」

昌彰もゆらの物とよく似た呪符入れを取り出した。こちらには五芒星が縫い込まれている。

「安藤さん何ですかコレー?」

巻がそう言いながら配られた紙を見た。短冊状の和紙に朱墨で五芒星と様々な紋様が描かれている。

「陰陽師謹製の護符だ。万が一の時には障壁を張る力がある。肌身離さず携帯してくれ」

あまり長くは保たないけどねといいながら昌彰は清継にもそれを渡した。

「さて、ワシはもう山を下りよう」

昌彰が護符を見せた途端、化原は慌てて背を向けた。

「え、先生も一緒に…」

「いやいや、ワシの役目は終わりだよ」

では、と言いながら半ば逃げるように化原は石段を下りていく。

「そうそう、危険だから日が暮れてからは絶対に外に出ない方がいい」

その言葉に清継は何故か目を輝かせた。

「リクオと及川さんも持っていてくれ(妖怪を祓う力はないよ。ただ障壁になるだけだから。雪女も持っておくといい)」

「(わたしはいりません!)」

昌彰は氷麗を説得するためにそちらを向いて気付かなかった。

青龍と六合は爪を確認する際に出てきただけでゆらに聞かれないように気を配っていたし、それ以前に化原の方を見ていない。

だから気付かなかった。山を下りていく化原の身体に繋がれた無数の糸を。その糸が伸びる先を。

††††

「うまく留まらせたな馬頭丸」

「ここまでが大変だったぞ牛頭丸。で、これからどうするんだ?」

森の木々の茂る中、会話する二つの影があった。

「まずは奴らをバラバラにする。そして俺がリクオと側近を」

一人は武家風の和服に刀を帯び、長めの前髪で左目を隠した少年の容姿をした妖怪−牛頭丸。

「ならその他はまかせろ。俺がちゃちゃっと片付ける」

もう一人は公家風の狩衣を纏い、牛の頭蓋骨を被った妖怪−馬頭丸。

「だが…牛鬼様に言われた男にだけは気をつけろよ」

牛頭丸はそう言って遠くに見える昌彰を睨みつけた。

(陰陽師…牛鬼様が直々に気をつけろと言った男。どれほどのモノだ?)

「わかっている牛鬼様直々に言われたんだ。甘く見たりはしない」

ニヤリと馬頭丸は口の端を歪める。

「今夜は新月。嵐の夜…大将の首を狩るにはふさわしい夜だ」

牛頭丸のその言葉に呼応するように森の梢を風が掻き鳴らした。

「行くぞ」

牛頭丸のその言葉を最後に二人の妖怪は闇に紛れた。

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あきゅろす。
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