ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第五十三夜 応える想い
―十年前―
“安藤の後継が京へ来る”。その事を知った愛宕衆は即座に接触を試みた。
当時、十二神将を通じて安藤が東へ赴いた後も交流は続いていたものの、後継とされる昌彰との面識は無かったからだ。その昌彰が花開院家へ養子に出る聞いた時、総領達は眉を顰めたのだ。
安藤と違い、花開院は妖全てを悪と断じる風潮に呑まれていた。これは時代の流れでそうなったとも言えるが最大の原因はその血にかけられた呪いのせいだった。
―――
十三代目秀次が逝去した後、花開院家は恐慌状態に陥った。
『花開院本家の男児は早逝する』…それが真実であると確信されたからだ。陰陽師の力は特にその血筋に起因する所が大きい。
それを受けて花開院の血を絶やさぬために当時の花開院家の上層部はいくつかの分家を創始し、優秀な人材を本家へと取り込むという決定を下した。
しかしこの決定は思わぬ弊害を生むことになる。―分家出身であろうと実力があれば当主となれる―その実力至上主義と言うべき風潮は成果至上主義というべき物を生み出した。
具体的に言えば、どれだけの事件を解決したか、どれだけの妖を滅したかが問われることとなった。
これは安藤は元より、本来の花開院家の方針からも外れていくものであった。だが、血の存続を優先するためには仕方のないこととされた。
これを受けて安藤との関係も急激に冷え込んでいくことになる。同じく血の呪いを受けながら何ら影響を受けているように見えないという事もそれに拍車をかけた。“狐の子”…この揶揄とも蔑称ともつかぬ言葉もこの頃に生まれた。
しかし明治に入り、安藤が東へと移ったことで、京を花開院、帝都を安藤が掌握することで両家の間に決定的な亀裂が入ることは無かった。
それでも花開院と安藤の両家には不協和音が続いていた。幾度か安藤の血を花開院に入れ、羽衣狐によってかけられた呪いを打ち破ろうとする動きが無かったわけではない。しかし、当然ながら妖を排斥すべき対象とした花開院は自分たちの家系に妖の血が入ることを拒み、安藤も双方の意思を無視して婚姻を結ぶという事に難色を示して結局合意に至ることは無かった。
ではなぜ今頃になって安藤本家の後継であるはずの昌彰が花開院家へと送られることになったのか?
理由は単純、四百年前に施された螺旋の封印に限界が近づいていたからだ。この事実が判明したのが今から十三年前、花開院灰吾の研究の成果だった。これにより早急に京都への戦力の集中、及び花開院本家の力を完全に取り戻すことが急務とされた。
しかし戦力の集中と一口に言っても各地の守護を司る陰陽師たちはその地を離れることはできない。安藤家は帝を守護のための仕官という側面があるためそう身軽に動くことができない。
この二つの問題を一気に解決することができる手段が出された。花開院家は喫緊の課題のために安藤の血筋を受け入れる、安藤は本家の天狐の血の濃い者を送り出すことが求められた。その条件で昌彰に白羽の矢が立ったのは安藤が強固に互いの合意なき婚姻を拒絶したためだ。最終的に幼いうちから引きあわせて憎からず想う相手としたうえで婚約という形にしようという訳だった。
この案にも当然反発が上がった。特に後継ぎを出す形になった安藤の反発は激しかったが、先代の若明と当代の昌樹直々の説得でどうにか話がまとまったのだ。
―――
交流のある安藤の後継が花開院の気風に染まることをよしとしない愛宕衆総領は一刻も早く昌彰と接触するように愛宕衆に命じた。その矢先だった。
「総領!」
『古鵄殿』
私室に下がっていた愛宕衆総領、古鵄<こてつ>の部屋の戸が荒々しく開かれる。それと同時に風がある声を伝えてきた。
「吹雪か、しばし待て。白虎殿いかがなされた」
挨拶もなく飛び込んできた吹雪に面をくらいながらも、古鵄は客人である白虎の対応を優先した。
『今すぐあいつを招いてくれ。これ以上このままでは…』
「それどころではありません! 里に陰陽師が!」
「なっ!?……。白虎殿、まさか…」
白虎の言葉と吹雪の報せ。そこから導き出される推論は一つしかない。
『我らは式神、主の命に対して否やは唱えられぬ…だが、主の危機を見捨てる事も出来ぬ』
「っ…分かりました、安藤昌彰殿と式神十二神将をこの里へ招きます。吹雪、すぐに客間に。それと念のため薬師を呼べ」
『感謝する』
「承知!」
―――
(あの時はなんと無鉄砲なと呆れたが…)
京へ到着したその足で貴船へ赴いたかと思えば、そのまま愛宕の里へ足を向けたそうだ。
もちろん十二神将達は止めたそうだが、直接赴かねば信は得られぬと先触れも出さずに異郷へと足を踏み入れた。
(話に聞く初代と一緒か…)
長老衆や総領の話や神将達の言う安藤の初代。彼もそういう無鉄砲なところがあったらしい。
そして今吹雪の前を行く奴良組の主も似たようなところがあるようだ。鳥居犇めく伏目稲荷。その中を先頭に立って進んでいく奴良リクオ。その背に従う奴良組の百鬼に、陸奥の遠野より加わりし幾人もの妖。
『遅かったわねあんた達』
上空から神気を孕んだ風が舞い降りてくる。
「太陰殿、玄武殿も…昌彰殿は?」
『私達は先触れよ。この場所は危険だからって。特に百鬼夜行には…』
そう言って太陰の目線はリクオに従う百鬼を確認するように眺める。
『随分と人数が少ない様だけど…淡島はどうしたのよ?』
「太陰か。本殿への参拝ルートがいくつかあるからな。淡島なら確か俺達と一緒に…」
そう言って隊列を振り返るリクオ。しかし…
「おい、淡島見たか?」「ああ? 確か俺達と一緒に…」
リクオと共に行動していたはずの淡島の姿が無い。そのざわめきが大きくなる前に淡島が居なくなった事に唯一心当たりのあった黒田坊は動き出していた。
『いない…? ここって確か…』
記憶を辿った太陰は微かに顔を強張らせた。
「太陰殿?」
『玄武! ここは任せたわよ!』
††††
『巨大な船の妖怪が鴨川に?』
ゆらから得られた情報を聞いて十三代目は微かに表情を動かした。
「たぶん奴良君が来たんやと思う。いつの間にか昌彰も出とるし…」
扉を閉め、ゆらは部屋の状況を確認する。
「間違いありません! リクオ様です!」
「ちょい待ち」
急いで合流しましょう! と飛び出そうとする氷麗をゆらが襟首を掴んで引き留める。
「ぐぅっ!? な…なにするのよ陰陽師娘!」
当然ながら首を絞められた氷麗は軽く涙目になりながらゆらを睨みつける。
「さっきの報告で長老方が動き出しとるんや。今下手に動いて見つかったらあんたが滅されるで?」
「う…それは…。そう言えばここは一体…」
ここにおれば安全やと言うゆらの言葉に氷麗は改めて部屋のうちを見回した。いや、部屋と言うよりもここは…
「離れ?」
『花開院本家の離れ。そして今は昌彰の居室だ』
そう声が聞こえ、一人の老人の姿が部屋に現れた。
「ありがとう天空、こん子を匿うてくれて…」
ゆらが申し訳なさそうにその老人、天空に頭を下げる。
「式神……でもあの陰陽師はあんたの婚約者なんでしょ? なんでこんなとこに」
まるで隔離されるみたいにと漏らす氷麗の言葉にゆらはバツが悪そうに顔を背けた。
『花開院の上層部との衝突を避けるためよ』
答えづらそうなゆらの代わりに天空が口を開いた。
花開院が昌彰を受け入れるにあたって上層部、特に長老衆からのひどい反発があった。
彼らからすれば自分達の影響力を増大させるためにも是が非でも自分達分家から当主をというのが悲願であった。しかし昌彰という狐の呪いを無効化するための因子を取り込めば、本家の当主としての血統が確立してしまう。かと言って、表だって反対すれば自分達の野心を表明するような物で殊駆け引きを要する場面でそれは避けたい。そこで目をつけたのが昌彰が妖の血を引くことと安藤の出した条件だ。
『互いの合意なき婚姻は無効とする』。この条件を逆手に取ろうと昌彰とゆらの接触を極力減らそうとしたのだ。それが昌彰の居室を離れにするという決定だった。
「早い話が仲良くなれないように隔離したってわけね…」
『我らにとってもある意味助かる話ではあったのだがな』
理解できないと言うように溜息を吐く。逆に好都合だったと言うのは天空だ。
まだ幼い昌彰の教育に干渉される事無く、下手な先入観や偏見を与えることなく安藤の教えを実践させることができたからだ。問題はゆらとの関係をきちんと構築する事ができるかだったが、そこはゆらが無邪気に昌彰の部屋へと足繁く通ってくれた事で解決した。そして、そのゆらの行動が、陰謀渦巻く花開院家上層部の思惑から幼い昌彰の心を救ったのだ。
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