ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜 2013年 5月19日 ゆら誕生日 掌篇 五月十八日・奴良家 「というわけで、明日の予定は問題ないよな竜二?」 『ふん、前前から連絡しておいただろうが。さすがに全員は無理だが俺と魔魅流くらいなら問題あるまい』 「わかった。それじゃ着いたら連絡を。迎えをやるから」 『構わんが寄こすなら白虎の方にしろ。さすがにあの風は何度も乗る気にならん』 笑いを噛み殺しながら昌彰は通話を切り上げる。 「了解。それじゃ明日はよろしく…義兄さん」 『その呼び方はやめろ。では明日だな』 昌彰は携帯を懐にしまい、厨房へと向かう。 「あ、昌彰さん。皆さんへの連絡は終わったんですか?」 広間に入ると気がついたカナが声をかけてくる。その他の面々もそれに釣られて顔を上げた。 「ああ。お疲れ様みんな。色々と大変だと思うけど明日はよろしくお願いします」 そう言って頭を下げる昌彰に慌てたような声を上げるのは先程から作業していた巻と鳥居だ。 「そんな! 当たり前じゃないですか」 「そうですよ! 絶対に忘れられない素敵な日にするんですから!」 朝早くから準備に追われているにも関わらず疲れすら見せずに微笑む二人。それは一緒にいる毛倡妓や氷麗も同様だ。 「それじゃ明日はよろしく頼みます」 ――― 翌・十九日 (ふふふ…久しぶりやな。昌彰とデート) ゆらは浮世絵駅の前で昌彰を待っていた。三月に高校を卒業して、宮内省に赴任した昌彰は仕事に忙殺されていた。 今までも裏の仕事はよくこなしていたのだが、この春からはそれに表の仕事も加わったのだ。当然ゆらと一緒に過ごせる時間は少なくなった。 (学生と社会人のカップルがうまくいかんっていう話の理由がよーわかるわ…まあウチらには関係あらへんけど) 微かに息を吐いてゆらは左手にある指輪に目を落とした。銀に輝くシンプルなそれは昌彰から贈られた婚姻の証だ。 (昌彰も変なところで頑固やもんな…) 本来なら昌彰が十八歳を迎えた去年の春に婚姻届を提出する予定だったのだが、昌彰が待ったをかけたのだ。せめて高校を卒業してから、と。 それが男の意地であるとゆらは理解していたが、結婚してからすぐに仕事だなんだと家を空けがちになってしまったことに不満を抱いていた。 (アカンアカン! これから久しぶりの二人きりのデートや言うんに…) 沈みかけた意識を強引に持ち上げる。昌彰が就職してからこういう機会もだいぶ減っていた。それゆえにゆらもまた今日を楽しみにしていたのだ。 (にしても…) ゆらはチラリと左手の腕時計に目を向ける。九時十分前。約束の時間にはなっていないが普段の昌彰ならもう来ているはずの時間だ。 (やっぱり忙しいんかな…。昨日も遅かったし…) 今朝もほとんど夜明けと同時に出かけてしまい、何かとあわただしかった。 「まあ何かあったら連絡するやろうしもう少し待ってみるかな」 そう言ってゆらが駅前のロータリーへと目を向けた時一台の車が入ってきた。 漆黒で彩られたそれはゆらの目の前に来るとピタリと止まった。 「は?」 いきなりの事で思わず身構えるゆら。必要とあらば即座に呪符を抜きかねない構えだ。しかしそれは杞憂に終わる。 「ゆら、乗れ」 「竜二兄ちゃん!?」 後部座席のドアが開き、そこから顔を見せたのは京都にいるはずの竜二だった。 「急いだ方がいい」 混乱するゆらに運転席から魔魅流が促す。 「魔魅流くんも!? なんで!?」 「いいから乗れ! 魔魅流!」 混乱するゆらを車内へと引き込んだ竜二が魔魅流に命じる。 流れるような自然さで走り出す車。知らない人が見たら誘拐かと思うような状況だが、幸運にも目撃者はいなかったようだ。 「…二人ともなしてこっちにおるん? というかウチは昌彰と待ち合わせしとったんやけど!」 「その昌彰からの依頼で動いている」 いきなり攫われたゆらは竜二に掴みかかろうとしたがその言葉で動きを止めた。 「なんで兄ちゃんや魔魅流くんが…」 「ふん…奴にもお前に言えないことくらいあるだろう…。魔魅流、少し急げ」 竜二は肩をすくめると、魔魅流に急ぐように指示を出す。 (ウチに言えないこと…? それで竜二兄ちゃんや魔魅流くんを呼び出すやなんて…) そのような事態が想像できない。昌彰は安藤家の次期当主。それが花開院の力を必要とするとなると… (まさか、省内で何かあったんか…? それで動きを悟られにくい竜二兄ちゃん達に…) 思考の渦に没頭するゆらは周囲の景色に目を向ける余裕がなかった。それゆえに… 「着いたか。降りろ」 「あ、うん。てことはここが…は?」 純和風の立派な門構え、周囲を土塀に囲まれた邸宅。奴良組本家であった。 「ゆら! 待ってたよ〜!」「さ、こっち! 準備は全部整ってるから!」 門の前では礼服に身を包んだ巻と鳥居が待ち構えていた。 「へ? え? ちょ…」 問答無用とばかりに離れの方にゆらを引っ張っていく。その時ゆらは見た。笑いを堪えるように竜二の口元が持ち上がっていたのを。 「な…騙しよったな竜二兄!」 †††† そこからは目まぐるしい忙しさだった。事前に用意してあったとはいえ、着付けにはそれ相応の時間がかかる。ゆらが改めて自分の姿を鏡で見たのは一通りの着替えが終わった後でだった。 (これって…) 白無垢の衣に角隠し…もしかしなくても完全に和装での花嫁衣装だ。 「ゆら、準備は終わったようだな」 呆然としていたゆらはその声で我に返った。 「竜二兄ちゃん」 竜二も花開院の紋付きである礼服を身に纏っていた。 「行くぞ。皆が、昌彰が待ってる」 「うん!」 †††† 門のところに戻るとそこには親族、神将、奴良組、中学時代の同窓生が勢ぞろいしていた。奏でられる管弦楽は付喪神達によるものだろう。 竜二が傘を持ち、二人が石畳の上を進む。 「ゆら」 己の名を呼ぶ声にゆらは伏せがちだった顔を上げた。 「ふん…今さらだが…ゆらを頼むぞ…昌彰」 それに対し昌彰は黙したまま、しかし力強く頷く。傘を受け取った昌彰はゆらの手を取って歩を進める。 玄関前には巫女装束を纏った風音と神職の格好をした若明がいた。祝いの言葉を述べた二人がそのまま巫女と斎主を務めることになっている。そして… 「…」 黙礼をする魔魅流がいた。 風音の先導で広間へと一行は歩を進める。 「まったく…何をやってたかと思えば…。わざわざ秘密にする必要無かったんやない?」 竜二兄ちゃんや魔魅流君まで呼んで…と、ゆらはうらみがましい目線で昌彰を見上げた。 「悪かったよ黙ってて…。慌ただしくて式挙げる暇がなかったからいつかはと考えてたんだが…」 そう言って昌彰は空を見上げた。 「ああ…なんとなくわかった。とりあえず文句はないから…いきなりでびっくりしたけど」 そう言っているうちに広間に到着した。風音が先頭で入り、それに昌彰とゆらが続く。それに魔魅流が続き、安藤と花開院、両家が入る。それを見届けた後に若明が入った。 正面に据えられた神棚には玉串が供えられ、そこには一柱の神が鎮座している。 ―苔姫― この奴良家を中心とする浮世絵町でも有数の土地神。それを招いての神前婚だ。 「それではこれより花開院ゆらと安藤昌彰の婚姻の儀を執り行います」 風音の言葉と共に婚姻の儀はスタートした。尤も婚姻届は三月末に提出済みで今回の式は形だけのものだが、それでも儀式として一定の形式に則っている。 若明が前に出て、苔姫に対して礼拝を行う。それに倣って一同も神前に礼を行う。 それに続いて若明は幣を取り出した。神前婚の特性上、祓を行う必要があるのだ。とは言ってもここは奴良組本家。下手に祓などを行えばとんでもないことになりかねない。 だが若明は無造作に幣を振った。昌彰とゆらの周囲は清浄な神気に守られた空間になりながら周囲で見守る妖達には何一つ影響をもたらしていない。これが昌彰の祖父、若明の実力の一端だ。 祓を終えた若明は苔姫の方を向き直った。唱えられるは昌彰とゆら、二人の結婚を報告する祝詞。奏上を終えた若明と共に一同は礼をする。 次に行われるのは三献の儀、三々九度の杯だ。一の杯を昌彰が受け、次にゆらが受ける。その後再び昌彰が受けて一の杯は終わる。次の二の杯はゆらが先に受け、次に昌彰が。再びゆらが受けて三の杯に移る。一の杯と同じように杯を受けて三々九度の杯は終了し、ゆらと昌彰が神前へと進み出る。 「苔宮姫御神の御前にて申し上げます。私達は大神の御心によって結ばれ、ここに婚姻の儀を執り行います。これより神戒を守り、互いを守り、支え、生涯の伴侶として共に歩むことを誓約申し上げます。ここに誓詞を捧げ、幾久しい御守護をお願い申し上げます。 平成二十○年 五月十九日 安藤昌彰」「安藤ゆら」 二人で誓詞を奏上した後、玉串を奉納する。ここまで来れば後は親族盃の儀のみだ。 親族盃の儀と言っても、参列している親族は花開院は竜二と魔魅流、安藤側も成昌と若明のみ。神酒を杯に戴き、若明の斎主祝辞を終えればそのまま披露宴へと移った。 †††† 「宴じゃー! 宴会じゃー!」 まだまだ無礼講を繰り広げる広間をゆらと昌彰は後にした。 「今日はありがと…昌彰」 月に照らされた家へと帰る道を歩きながらゆらは昌彰の腕へと抱きついた。 「気に入ってくれたようでなによりだ…」 昌彰は安堵の息を吐き出した。何せ急に決まった式の段取りだ。思わず天を睨みたくなっても仕方ない。 「今年の誕生日プレゼントは結婚式か…来年はどないするん?」 「気の早い話だな…。フム…」 昌彰は軽く考えるように腕を組むといいことを思いついたと笑顔を浮かべてゆらの耳元に顔を寄せた。 「え?…えええぇぇ〜〜〜!!?」 その言葉にゆらは顔を真っ赤にして飛び退る。 「いやか?」 その反応を楽しむように昌彰は笑みを浮かべたままだ。 「えっと…その…嫌やないよ? むしろ嬉しいんやけど…って!?」 「じゃあ今からでも」 「えっ!? ちょ…ええっ!?」 狼狽するゆらを抱えあげて昌彰は微笑む。 「俺の誕生日には間に合うかな?」 「ちょ…ま、まだ心の準備が〜〜」 その日、厳重な結界に守られた二人の部屋で何があったのか…それは夫婦となった二人のみが知ることである。 ――― あとがき 琥珀「な、なんとか滑り込みセーフ!」 昌彰「ギリギリだな」 ゆら「ぎりぎりやね」 琥珀「大丈夫時間内だから! 神前婚の方式とかいろいろ調べてたら手こずっちゃって…」 昌彰「もっと早く調べとけ。というか本気でギリギリだったろ?」 琥珀「フハハ…書きだしたのは昨日の夜七時からです…」 ゆら「はぁ…まあ忘れんかっただけマシやけど…。最後のあれはなんなん?///」 琥珀「そりゃあねぇ…昌彰、何をやったの? ゆらが十八歳になったのをいいことに?」 昌彰「質問に悪意しか感じんぞ…」 琥珀「まあ結果が君の誕生日に間に合うか云々の時点で答えは…」 ゆら「わーわーわー!!」 琥珀「おわっ! そこまで恥ずかしがらなくても…」 昌彰「下手に触れるな。ゆらが爆発する」 琥珀「そう言えばゆらちゃんそう言うのに耐性なさそうだもんね…(今度クリスマスにでもそっち方面の話でも書いてみようかな?)」 ゆら「ジトー…」 昌彰「何を考えているか知らんが、実行した場合、命の保証は出来んぞ?」 琥珀「読者の方の要望があったらやっても…」 ゆら「…貪狼、喰らえ」 琥珀「え…ちょ…。冗だ…ぎゃぁぁぁあああ!!」 昌彰「フム…。ゆら適当なところでやめとけよ? 試験明けで気分が開放的になってるせいだろうから…」 ゆら「うぅ…」 昌彰「それでは皆様読んで頂いてありがとうございます」 ゆら「少しでも楽しんで頂けると幸いです。本編の方は只今鋭意執筆中だそうですのでしばらくお待ちください。それでは今度は本編の更新でお会いしましょう!」 昌彰「それじゃゆら。改めて誕生日おめでとう」 [*前へ][次へ#] [戻る] |