ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第四十九夜 闇に燃える焔
昌彰を鏡にうつしたかのごとくに漆黒の衣を身に纏い、漆黒の髪を靡かせ、羽衣狐は嗤った。
その姿を認めた瞬間、昌彰の胸の最奧で不自然な鼓動が脈を打った。
「陰陽師同士の対決。大層見事なものじゃったぞ…。わざわざ殺さずにおいて正解じゃったわ」
これほどまでに面白き余興が見られたのじゃからな、と口の端を歪ませる羽衣狐に対し、怒りがこみ上げるのを昌彰は自覚した。
安藤家において人を操る類の術は禁忌とされている。使うことはできるが決して使うことはない禁呪。それを近しい者に使われて冷静であることは難しい。
昌彰の憎悪に近しい感情に身に纏う霊力が揺れる。
「『伏して願わくは 来たれ、闇を切り裂く光の刃。周囲を白銀に染め上げる、雷の剣よ…』」
詠唱するのは雷神召喚の秘術。残り少ない霊力をかき集めて昌彰は請い願う。
「『電灼光華 急々如律令』!」
飛来するのは闇夜を切り裂く白銀の光。轟音の雷鳴を伴ったそれは一直線に羽衣狐目掛けて落ちてくる。
それを撥ね退けるために羽衣狐は己の九尾を解放した。
「っ!?」
その瞬間、心臓の鼓動とは別の脈動が昌彰を襲った。零れるように吹き上がる青白い焔。
羽衣狐がその尾を振るう度に昌彰を覆う焔が揺らめく。
「か…はっ…」
昌彰は思わず膝を折った。
「昌彰!?」
秋房が叫ぶがその声は既に昌彰の耳には届いていなかった。
心の臓が絞めつけられるように痛む。荒くなった息を整えようにも吸い込んだ空気が灰を焼くように感じ、咳きこんでしまう。
(なんで…こんな時に…!)
この感覚を昌彰は知っている…。怒りに我を忘れ、思うままに力を解き放った代償…。
−天狐の血−
安倍の末裔である安藤の身に流れる神に通ずる妖の血。
「ほぅ…その“焔”…。あの女の遺物か…まだ続いておったとは…」
あまりにも薄まっておって気づかなんだ…。そう言って羽衣狐は薄く笑みを浮かべた。
まるで妖の血に翻弄される昌彰を嘲笑うかのように。その侮蔑の言葉を耳にしてなお昌彰は起き上がることさえできない。
「昌彰! っく…」
どうにか立ち上がった秋房が手を伸ばすが荒れ狂う焔の余波に近づくことはできても触れることは叶わない。
「しかし安藤はおらぬと聞いていたが………そうか後継…」
軽く考える素振りを見せた羽衣狐だが、倒れ伏している昌彰の姿を見て合点が言ったというように頷いた。
「ならば…茨木童子」
羽衣狐がそう言う前に茨木童子は動いていた。昌彰が安藤の者であるとわかったその時から。
抜き放たれた二振りの刃は青白い焔に身を焦がす昌彰へと襲い掛かる。
「させん!」
甲高い金属音を響かせて、秋房の騎億が茨木童子の刃と昌彰の間に割って入る。
「ああん? 一度負けた奴は…」
消耗しきっている身体でどうにかくい止めていた秋房だったが…
「引っ込んでろ!」
「がぁっ!?」
放たれた鬼太鼓が秋房を射抜く。既に憑鬼化の解けている生身の秋房にとって致命的な一撃になりかねない。だが…
「ここは…通さん…」
全身から薄く白煙を棚引かせながらも秋房は倒れない。痙攣を起こし、砕けそうになる下半身を叱咤し、茨木童子を押しとどめる。
「ちっ…しぶとい…」
舌打ちを漏らした茨木童子は力で秋房を押し込み、一旦後ろに下がった。
「鬼太鼓桴“仏斬鋏”」
バチリと電流が爆ぜる。二振りの刃に込められたのは人智を遙かに超えた強力な妖雷。
例え一合たりとも打ち合えば触れた刃を通じてその雷撃を浴び、瀕死となるのは目に見えていた。
それでも秋房は退くわけにはいかない。自分を救うために力を尽くした義弟を見捨てることなど出来るわけがないのだから。死力を尽くし秋房は騎億を構える。
「下がって! 秋房兄ちゃん!」
その時、覚悟を決めていた秋房の耳に新たな声が届いた。
「武曲!」
『御意!』
槍を煌めかせた武曲が茨木童子と秋房の間に割って入る。
不意の一撃に茨木童子は迎え撃つのではなく回避を選択せざるを得なかった。
「昌彰! しっかりしぃや!」
猛り狂う焔をものともせずゆらは昌彰を右手だけで抱き起した。
「ほぉ…」
それを見た羽衣狐は興味深そうにゆらを見つめる。それを鋭敏に察知したのか貪狼が間に割って入り、その視線を遮った。
「ゆ…ら…?」
荒い息の中、昌彰はどうにか目を開き、言葉を紡いだ。その事に安堵の息を漏らしたゆらだったが…
「昌彰…?(なんで…? なんで鎮まらへんのや…?!)」
一度見た血の暴走。あの時は怒りに我を忘れたが故の暴走だった。だが…
「…がぁあああっ!」
今回の焔は収まる気配がない。その事がゆらの中に焦りを生んでいた。
「っ!」
嫌な予感がして視線を上げてみれば羽衣狐の隣に銀髪の青年−しょうけらがいるのが目に入った。
黒い神父服を身につけているが、纏う気配は明らかに異形の妖。その手に掲げられた銀の十字槍へと光が集まる。
「(あれは…マズイ!)禄存!」
ゆらは己の式神の中で最も速い式神を呼ぶ。禄存が地を蹴り、しょうけらへと跳躍するが光が集約する方が早い。
「ひかり…っ!」
光が放たれる直前、渦巻く鎌鼬がしょうけらと羽衣狐を襲った。しょうけらは咄嗟に攻撃を中断し、羽衣狐の盾となる。
「あれは…」
『無事か? ゆら』
「勾陣! ってことはさっきのは…」
ゆらの言葉と同時にとなりに風が舞い降りてくる。
『先程太陰からの風が来た。間もなく到着するそうだ』
だからその間時間を稼げ。そう言い置いて白虎は再び天を駆ける。
「勾陣…」
『落ちつけ。…今回の暴走は“共鳴”によるものだ…』
不安げに見上げてくるゆらに勾陣は落ちつく様に声をかけた。この状況はかつて見たことがある。
晴明や昌浩が天狐凌壽と対峙した際に起こった血の共鳴。眷族の血が呼応するのだと。
だが、今まで羽衣狐に対峙してきた歴代当主達にこのような兆候は無かった。
「まさか…」
そう呟いて勾陣は羽衣狐を見やった。
“問題なんは奴が転生するたびに力をつけていくことや…まるで枷から解き放たれるようにな…”
先代の羽衣狐と対峙した際に十三代目秀元の呟いた言葉が勾陣の脳裏に甦る。
“全てはあの方とこの子のために…”
そして昌浩と共に初めて対峙した羽衣狐の言葉…
「あいつも…“天珠”を…」
―――
「昌彰っ…」
苦しむ昌彰を見ながらゆらは己の無力さに苛まれていた。
(なんでウチは…)
今までも危なくなった時は必ず昌彰が助けに来てくれた。それなのに…
「まさか…あいつも…天珠を…」
勾陣の呟きにゆらはハッと顔を上げた。
“共鳴”、そして先程の勾陣の言葉。考えるまでもなく、昌彰を苦しめている元凶は羽衣狐しかありえない。
「………来たれ…」
ならばその元凶を倒すまで…
ゆらは懐から呪符を抜き出し、叫ぶ。
「式神 破軍!」
解き放たれるは花開院の系譜に名を連ねる英霊。それが圧倒的な霊圧を伴い、今ここに顕現する。
「っ!?」「ゆら!?」
戦っていた秋房と茨木童子も思わずそちらを見やる。それほどまでの力。
「…行くで! 式神破軍!」
ゆらは破軍に命を下す。だが…
「…? なんで?」
ゆらの意に反し、破軍はまったく動こうとしない。
棒立ち状態の式神など戦場ではただの的にしかならない。その予想に違わず、手の空いていた妖達が殺到してくる。
『させん!』
勾陣がそれに対して前に出る。放たれる神気による威圧に妖達は二の足を踏んだ。それでも幾重にもゆらと昌彰の周りを囲み、いつでも襲いかかれるというように得物を掲げ、睨みを利かせる。
「なんでや破軍! なんで動かんのや!」
ゆらの叫びを聞いても破軍は表情一つ変えず(骨だが)、動こうとはしない。
「ゆ…ら…っぅ…」
無理に起き上がろうとしたのか身じろぎした昌彰が苦悶の声を漏らす。
「昌彰っ!(くっ…なんでや…なんで何もできひんのや…)」
ゆらは思わず昌彰を抱きしめた。自分の存在で少しでも苦痛が楽になればと。
(お願いや! 破軍…私に力を!)
そして願う。昌彰と共に戦う力を、昌彰を護る力を…―――
あとがき
琥珀「久しぶりの更新です!」
昌彰「今回も比較的早いな」
琥珀「一応ある程度書けてたからね。ただ今のところにちょっと手こずってます…」
昌彰「まあいい、次もこれくらいのペースで更新できるといいんだがな…」
琥珀「努力はするよ…それよりももっと重要なことが…」
昌彰「ああ…そう言えば…」
琥珀「ついに終わっちゃったね…。椎橋先生、お疲れさまでした! また一つお気に入りの作品が終わってしまった…」
昌彰「それはそうと、ネタばれになるからあまり多くは語らない…が、一つだけ言いたい」
琥珀「うん?」
昌彰「なんであんなにゆらの出番が少ないんだ!!」
琥珀「あ〜、それは思ったね…。というか陰陽師側はほぼ何もできなかったっていうか…」
昌彰「最終決戦の場に居合わせることすらできないって…」
琥珀「だ、大丈夫だよ! ちゃんとこっちでは活躍させるから!」
昌彰「うう…頼んだ…。それに一応、全部終わったわけだが…色々と設定やら関係性やらの辻褄合わせは大丈夫なんだろうな?」
琥珀「一応一通りは…ただ新しく作っていくと前に作ったのと矛盾が普通に出てきて…」
昌彰「おい!?」
琥珀「特にキミの母親関連だね。一応絶対の矛盾は出ないけど動機というかその辺がね…まあ無理に先代がやったとか誤魔化しはきくからいいかなと」
昌彰「お前な…それをここで言ってどうする…」
琥珀「まあ、どうにか完結までいけそうです! これからもよろしくお願いします!」
昌彰「よろしくお願いします!」
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