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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第四十八夜 心の闇
 ゆらは油断なく左手の銃口を秋房へと向ける。
秋房が言ったように盾であり剣である式神たちを手放している。使えるのは自らの術と鍛えた技のみ。

「……」

 睨みあう両者の距離はおよそ六メートル。ゆらの間合いではあるが秋房ほどの実力者を前にしてその距離は無意味に等しい。ましてや秋房の手にある妖刀は彼の渾身の作。生半可な防御で防げるはずもない。
 ならば…

「『散』っ!」

 放たれるのは水砲銃の散弾。九つに割れた水弾が秋房へと襲いかかる。
 秋房はそれに目を瞠りながらも動揺はない。身体を捌いて射線から外れ、間合いを詰めようとする。だが…

「!?」

 計算外だったのはゆらの第二射がその動きを読んでいたかのように目前に迫っていたこと。秋房は咄嗟に騎億で払いのけるが思わず足を止めてしまった。そこにすかさず三射目が飛来する。
 秋房は騎億を右手に持ち替えると、空いた左手で呪符を抜き取り障壁となした。だがそれは悪手でしかない。
 散弾による面での制圧力と連射速度。それがゆらの武器だった。息を吐く間もない連射が秋房をその場に足止めする。

(抑えた…後は…)

 ゆらは最初から一対一で秋房に勝てるとは思っていない。だからこその戦略。こうして秋房の動きを封じている間に式神を呼び戻せばこの戦いの趨勢はゆらへと傾く。そのはずだった。

「っ!?」

 だが秋房はその予想を覆してきた。騎億を正面に押し立て、急所のみを守っての突貫。
 驚愕にゆらの顔が思わず引き攣る。いくら散弾化して威力が落ちているとはいえ、当たればそれ相応のダメージを負うはずだ。それを覚悟したかのような捨て身の戦術。騎億の合間から見える狂気に彩られた秋房の瞳にゆらは思わず気圧された。
 だが動揺している暇はない。式神が間に合わない以上、接近戦に持ち込まれればゆらの敗北は必定だ。ゆらは即座に袂を翻して一枚の呪符を指にはさむと後ろへと飛び下がった。

「『爆』ッ!」

 それと同時に呪符を放つ。狙いは秋房ではなく自らと秋房の間。参道に叩きつけられた呪符は派手に爆風を巻き起こす。その反動でゆらの身体は後ろへと吹き飛ばされた。

「くぅっ…」

 ゆらは転がるようにしてどうにか受け身を取って跳ね起きる。そこでゆらは目にする。
 爆煙を切り裂き、こちらへと突っ込んでくる秋房の姿を。

「っ!?(なんやっ…!?)『禁』っ!!」

 左腕を掲げようとするがその瞬間に鋭い痛みがゆらを襲った。動かせない左手の代わりに咄嗟に結んだ右手の刀印を振り抜き叫ぶ。
 真一文字に描かれた障壁が秋房とゆらを隔てる。だが、秋房と騎億を前にしてその障壁はあまりにも儚い。
 ゆらの成した障壁は秋房の足を止めることすらできずに斬り払われる。振り抜かれた騎億が翻り、ゆらの喉笛を切り裂かんと迫る。

(っ!?)

 刃がゆらに突き立てられる直前に漆黒の背がゆらを庇った。両刃の剣が騎億の刃を受け止める。金属同士のぶつかり合う鋭い音が響き、一拍遅れて拮抗する秋房と昌彰の霊力が爆裂を引き起こす。その激しさにゆらは思わず右手で顔を庇った。

「ほう…ゆらを守るために前線を放棄してきたか…昌彰!」

 一度距離を取り、容赦なく急所狙ってくる秋房。その槍を昌彰は正面から斬り結び、抑え込む。

「くっ…」

 二人の技量、操る刃の霊格はほぼ互角。だが憑鬼化している秋房に対して昌彰は生身の人間に過ぎない。徐々に徐々に押され、額に脂汗が滲んでいる。

「昌彰! っぅ…!」

 剣と槍がせめぎ合う中でゆらが援護に入ろうとするが出来ずに終わる。動かそうとするたび痛みが走り、左腕が上がらない。
 先程の自ら引き起こした爆発で飛んできた瓦礫の欠片が左腕を直撃していたのだ。

「ゆら…式神と合流しろ…っ!」

 秋房と鍔ぜり合いを演じながら昌彰はゆらに叫ぶ。今のままではじり貧に追い込まれるのが目に見えている。今のゆらの状況では昌彰の援護に入ることは厳しい。

「でもっ! 昌彰は…」

「いいから行け!」

 ゆらの走り去る音を聞きながら昌彰は渾身の力を両の腕に込め、騎億を押し返した。そして空いた脇腹目掛けて右膝を叩き込む。秋房は左手を離してそれを受け止める。
 昌彰は右脚をさらに踏み込んで軸足とし、回し蹴りを放つが秋房は身体を開いてそれをかわした。逆に身体が流れ、隙のできた昌彰の頭上へと騎億を振り下ろす。昌彰は剣の剣腹に手を当てて受け止め、右へと受け流す。

「がっ!」

 がら空きになった左胴に今度は秋房の蹴りが叩きこまれる。昌彰は肺の中の空気を全て吐き出しながら衝撃を殺すように後ろへ下がった。

「秋房さん…」

 昌彰は一目見て秋房に何かが憑いていることに気づいていた。昌彰の知る秋房が妖に組することなどありえないのだから。

††††

『たおせ! タオセ! 倒せ!』

 秋房は身の内から吹き上がるどす黒い感情のままに立ち塞がる相手に刃を振るう。

(私が…私こそが!)

 最初は大した相手と思っていなかった。実力こそ確かであるが、所詮は安藤家からの養子、当主の座に就くことなど不可能。ただゆらとの子を成すための婚姻の相手に過ぎない、と。

(ゆらではない! 私こそが相応しいのだ!)

 だが、ゆらが破軍を呼び出した事によって状況は一変した。
 昌彰の身に流れる天狐の血筋。その血引いたゆらの子は狐の呪いに縛られることはない。
 破軍を呼び出した才ある者−ゆらが当主を継ぎ、その子が、孫が当主の地位を継承していくのは明らかだった。

(才に血統…確かに必要なものかもしれない…だが!)

 ゆらや昌彰に対する対抗意識、それらを糧に秋房は修行に没頭した。決して越えることができないものから目を逸らすように…
 その研鑽の末に掴んだのがこの騎億と憑鬼術。

(だからこそ! この力で!)

 秋房の意識に反応し、さらなる呪力が騎億を介して秋房の身体を蝕む。

―――

 剣戟による金属音と霊力のぶつかり合いによる生まれる風圧。
 幾合打ちあったかは最早両者とも覚えていまい。薙ぎ払われた周囲の情景がその戦いの激しさを物語っていた。

「くっ…『裂破』!」

 昌彰は剣を左手に持ち替え、刀印を一閃させる。
 力負けしている以上接近戦を続けるのは得策ではない。だが距離を取ろうにも秋房ほどの相手にそれは難しい。
 故に選択されるのは近距離からの術による奇襲。印と短い詠唱で発動できる術を持つ昌彰ならではの戦略といえた。

「フン!」

 近距離から放たれたにも関わらず、秋房は騎億で霊力の刃を斬り払う。だがその隙に昌彰は再び距離を取った。
 そうして改めて秋房の全貌を見た昌彰は思わず言葉を失った。

(なん…なんだよこれ…?)

 異形…。まさにその言葉がしっくりくるまでに秋房の容姿は変貌していた。騎億を持つ左腕はほぼ同化し、左半身は無数に蠢く触手や鱗、角に呑まれている。

(さらに侵食が進んでいる…このままじゃ手遅れに…。ならっ!)

 昌彰は焦りを振り払うように剣を握りしめ、再び間合いに飛び込む。
 秋房も正面から受けるつもりなのか騎億を引き、間合いを詰める。
 昌彰が狙うは憑鬼術の根幹をなすであろう騎億。正眼から下段へと下ろした剣先が逆袈裟に振りあげられ、騎億の穂先を払いのける。
 そのはずだった…

「読んでいたよ昌彰」

 振りあげた降魔の剣が空を切る。繰り出されるはずの突きは放たれず、騎億は上段に掲げられていた。

「やはりお前は優しすぎる…いや、甘すぎるというべきか」

 秋房は勝利を確信して嗤った。騎億が昌彰を両断せんと迫る。

「『禁』っ!」

 昌彰は左手で刀印を結び、障壁を成す。先程のゆらの物よりも数段錬度が上である昌彰の障壁は騎億と相対して、確かにその動きを鈍らせた。だが…

「ぐっ…あぁ…」

 福寿流が総力を挙げて織り成した結界を破る騎億を止めるには至らない。昌彰は左手に仕込んだ手甲で騎億を受け止めた。しかし騎億は手甲を砕き、皮膚を破り、肉を裂き、骨に至らんとする。

(…なんだ?)

 だがそこで秋房は目にする。昌彰の口角が苦痛の表情を見せながらも持ちあがったところを。

「『…この悪霊を搦めとれ。搦め取りたまわずば不動明王の御不覚これに過ぎず…』」

 昌彰の口から零れる呪文に秋房が気付いた瞬間、突如として昌彰の左腕から甚大な呪力、否、神気が噴き上がった。

「なっ…」

 秋房が驚愕する間もなく神気は秋房の全身を拘束する。

「つぅ…」

 軽く左手を握り、問題なく動くことを確認した昌彰は即座に拍手を打った。
 音が響くたびに腕の傷は痛みを訴えるが昌彰は気力でそれをねじ伏せる。腕を伝う血が狩衣に滲み、黒い狩衣に斑を生み出す。

「『高天原に神留り座す 皇親神漏岐神漏岐の命以て』…」

 はらりと一枚の霊符が切り裂かれた袂から舞い落ちる。そこからもあふれ出る膨大な神気。
 先日貴船に参じた際に賜った霊泉の清水。それですった墨でしたためられた霊符は貴船の祭神、高神の加護そのものであった。
 憑鬼槍によって半分以上妖と化している秋房にこれを逃れる術は無い。

「『朝風夕風の吹き払う事の如く、大津辺に居る大船を舳解き放ち艫解き放ちて、大海原に押し放つ事の如く彼方の繁木がもとを…』」

 昌彰の口から紡がれるは大祓詞。それはごくありふれた祝詞であるが、その力はありとあらゆる魔を祓う。

「ぐぅっ…がぁっ!?」

縛魔術に囚われた秋房は逃れようと足掻くが、神気の織りなした縛魔の術は振りほどけるはずもなく…。

「は…羽衣狐様!」

 秋房の首元から異形の目玉が現れる。秋房に憑き、操っていた妖が。昌彰の祝詞が響くたびに苦悶の呻きを上げ、自由を取り戻そうと秋房の身体を動かす。が…

「『祓ひ給ひ清め給ふ由を八百萬神等諸共に聞し食せと申す』」

「〜〜〜〜!!」

 声にならない絶叫を上げながら異形の目玉が消え失せ、秋房は膝から崩れ落ちる。
だが秋房に駆け寄った昌彰は憑いていた妖を祓ってなお、秋房の侵食が退いていないのを見て顔をしかめた。

(やっぱり取り憑いただけやなかったか…)

 縛魔術がまだ効力を保っていることを確認し、昌彰は崩れ落ちそうになる脚を叱咤した。
前線での戦闘に加えて先程からの秋房との戦いに昌彰の持つ霊力も底を突きかけているのだ。それでも昌彰は新たな祝詞を唱える。

「『諸々の禍事、罪穢れを祓いのぞかむと』…」

 秋房にかけられていた呪詛は対象者の心の闇を喰らい、増幅し、力と成すものだ。強引に引き剥がせば秋房の心が壊れてしまう。
 昌彰が祝詞を言祝ぐたびに禁術に染まった秋房の侵食が退いていく。
 昌彰の唱えた祝詞はその闇を浄化し、再び秋房の心へと還したのだ。
 秋房の侵食が消えると同時に捕らえていた縛魔術も効力を失い、今度こそ秋房は相手の呪縛から解き放たれた。

「秋房さん!」

「昌…彰…すまない…」

 助け起こされた秋房の瞳には光が戻っていた。その事に昌彰は安堵の息を漏らす。
 それでものんびりしている暇はない。

「すぐにゆらがこっちに戻ります。一旦福寿流の人と合流…!」

 秋房と話していた昌彰は何かを感じて振り返った。

「『禁』っ!」

 ほぼ無意識に刀印を結んだ右手を振り抜く。

「ほぉ…気付きおったか…」

「っ!!」

 背後の闇より姿を現したのは巨大な骸骨、がしゃどくろ。そしてその頭上に坐すのは…

「羽衣…狐…」

―――
あとがき

琥珀「更新です!」

昌彰「随分と早いな?」

琥珀「フフフ…ついに。ついに! 下宿にネットが開通したのだ!」

昌彰「おお!」

琥珀「若干重いような気はするが更新する分には何ら問題はない! というわけで更新ししました!」

昌彰「なんせ今までは更新しようと思ったら学校か友人宅に行くしかなかったからな…」

琥珀「というわけで今回の話の解説行ってみよう!」

昌彰「テンション上がってるな〜。今回は相剋寺戦の秋房さんとの戦いがメインだったわけだけど」

琥珀「おいしいとこ攫ってったよね(笑)」

昌彰「お前が書いたんだろうが! て言うか竜二はどうすんだよ? まったく活躍なし?」

琥珀「大丈夫。一応救済策はある。竜二は策士的な動きをしてもらうことになってる」

昌彰「まああの性格だから策士向きだろ。」

琥珀「でも書いてて思ったけどキミがいたら絶対に秋房はもっと歪んでてもおかしくないよね。今回はうまい具合に昇華して修行したって風にしたけど」

昌彰「だな。あれだけ真っ直ぐな人だと何かあった時にポッキリ折れそうだ。その点でいえば秋房さんは凄いよ」

琥珀「普通に考えたら『ふざけんな!』ってなるよね。それを抑え込んでいたんだから大した器だよ」

昌彰「鏖地蔵につけ込まれたって言ってもあのくらいの嫉妬心は普通に誰でも思うような事だからな…」

琥珀「だよね。ちなみに秋房との決着は窮奇戦をモチーフに短編で出た設定やらを盛り込んで制作してみました。で、最後はた羽衣狐」

昌彰「次回は直接対決か?」

琥珀「いや…色々あってキミは動けません」

昌彰「は?」

琥珀「その代わり花開院家の面々が活躍する予定です。それでは読んでいただきありがとうございました! 次回はそれほどお待たせしないと思いますので楽しみにしていただけると嬉しいです」

琥珀「おい! 流すな!」

※無駄にテンションが上がっているため多少むちゃくちゃです。


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