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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第四十五夜 闇に舞う
「豪羅殿が…」

「ついに第六の封印も破れたか…」

 豪羅敗れる。その報はその夜の内に花開院全体へと伝わった。

「となると次は…」

 花開院の者たちは囁きかわす。次の標的となるのは…第五の封印、清永寺の守護者、井戸呂流の灰吾。

―――

 本家の広間では残された守護者たちに本家の術者達が集っていた。

 話し合われるのは当然残された封印をいかに守るかだ。だが…

「構わん、助力など不要だ」

 竜二に秋房と言った若手の人間を中心としたグループは総力を挙げて封印の守護を行うべきだと主張したが、それに強固に反論したのが今まで敗れた分家の後見人、そして当の清永寺の守護者でもある灰吾だった。

 曰く、我々の時は支援など無かった、それぞれの封印の死守が守護者の役目であると。

「それに、いくら本家とは言え“狐の子”の力を借りようとは思いませぬ」

 そう呟いたのは分家の後見人の一人。その言葉にゆらが怒りも顕わに立ち上がろうとした。

 それを竜二が狩衣の端を踏んで押しとどめる。

「…このままでは結論は出ぬな。今日のところは一時解散とする。各守護者は警戒を怠らぬよう。他の者たちは引き続き羽衣狐の依り代の捜索を優先するように。以上じゃ」

 二十七代目は収拾がつかなくなることを見越してか、早めに今回の会議の終了を宣言した。

―――

「灰吾…何故そこまで頑なに彼を否定するんだ? 彼の力はあなたも認めているところだろうに」

 広間を出て、秋房は誰もいない縁側で灰吾を呼びとめた。

「ふん…認めているからこそ…だ。あの力は人の身には過ぎた力。いずれあやつの身を滅ぼしかねん」

 思いがけない灰吾の言葉に秋房は目を瞠る。

「これはお前にも言えることだが、強すぎる力は使い方を誤れば簡単に身を滅ぼす。しかも周りを巻き込んでな」

 そう言って灰吾は秋房に背を向ける。

「それにこの結界はもうもたん。ならばここで戦力を浪費するよりも後の反撃のために温存しておくべきだ」

 灰吾にはわかっていた。長年封印の結界について研究した結果、この封印はもう長くはもたぬと。

 だからこそ京妖怪の動きが活発になった時、灰吾は誰よりも焦ったのだ。

††††

東北・遠野の隠れ里

「畏を断ち切る技…妖の次の段階…」

 リクオは痛感していた。自分の無力さを、そして得るべき力を。

「頼む。そいつを俺に教えてくれ!」

 だからこそ頭を下げてでも頼み込む。

「“死んで本望”ぐらいじゃねえと時間の合間に見ても見てやらねえぜ」

 対峙するイタクがそう告げるとリクオは口の端をつり上げた。

「弱ぇままなら死んでんのとかわりゃあしねえ…。死ぬ気でおぼえてオレは京都へ行く!!」

 友と共に戦うために…。若き魑魅魍魎の主の修行が東北の地で始まった。

(頼むぞ昌彰…俺が行くまで…死ぬんじゃねぇぞ…)

††††

「さぁ…行こう」

 全てを漆黒に染め上げて羽衣狐は闇を舞う。

「この世を我らの望む漆黒の楽園へ…一つ一つ、闇へ沈めて参ろうぞ…」

―――

京都…第五の封印、清永寺

 京の街を一望できる舞台に灰吾は座していた。

「来たか…」

 灰吾は空に舞う無数の黒い点を確認して、手にしているピルケースに目を落とした。

 中に入っているのは八錠の白い錠剤。呪物を純化、精製して含有呪力を極限まで高めた呪力の結晶といってもよい薬剤だ。

「ほう…単騎で待ち構えておるとは…剛毅じゃのう第五の陰陽師」

 舞台という目立つ場所にいた灰吾は即座に羽衣狐の目にとまった。

「じゃが妾の前にそれは無謀というもの。せめて散り様で興じさせてもらおうかの」

 そう言って羽衣狐は配下の妖に手を振る。

 舞台に立った灰吾に妖達の爪が、牙が、槍が、刀が殺到する。

 だが…

 「ガッ…」「ギャ…ッ」「ッ!?」

 そのことごとくを灰吾の拳が砕き、へし折り、弾き、受け止め、いなす。

 信じられぬとばかりに驚愕に彩られた妖達を灰吾は冷酷な微笑みを以て蹂躙する。
 
 掌底が正面にいる妖の顔面を打ちぬき、返す手刀が右手にいる妖の首を薙ぐ。

 踏み込みと同時に固められた拳が妖の胸部を抉り、身を翻すと同時に畳んだ肘打ちが霞むほどの速度を以て妖の鳩尾に叩き込まれた。

「ほう…無策による蛮勇かと思いきや…なかなかに面白いではないか」

 崩れ落ちる配下の亡骸を見ながら羽衣狐は冷笑を滲ませる。

「さぁ、もっと興じさせてみせよ!」

 先程の一群に倍する数の妖が再び灰吾を襲う。

 それに対して灰吾は歩法を以て自ら間合いを詰めた。

 呪力で強化された脚力に木製の舞台が撓む。加速のベクトルを上乗せした拳は先頭にいた妖を、刃を振るう間もなく貫き通す。

 後続の振るった刃はその骸を盾にした灰吾には届かず、さらに回転力を上乗せした裏拳が呪力を爆発させて一団をまとめて吹き飛ばした。

―――

(ほう…ここまでとは…)

 羽衣狐は口元が笑みの形に緩むのを自覚した。余興にも等しい戦を見に来て、面白い役者に出会ったとでもいうかのように。

 舞台で繰り広げられているのはまさに舞であった。呪力を纏った灰吾はその身体能力を以て肉弾戦のみで妖達と対等、いやそれ以上の能力を発揮していた。

 通常ここまでの呪力を肉体に使用すれば人間の肉体自体が耐えきれず、崩壊は必至だ。

 だが灰吾は神酒《みき》や神饌《しんせん》といった飲食物を中心として人体に親和性の高い呪力を使用することによってこれを可能にしていた。加えて場所の作用も灰吾に味方している。

 もとより清永寺の舞台は舞を神々に奉納するための場所。よってさらに呪力との親和性が高まっているのだ。

 しかし…

(ぐっ…)

 妖を拳が貫き、手刀で薙ぎ払うたびに、骨が軋む音に灰吾は歯を噛みしめる。筋肉が断裂し、即座に再生する。関節が負荷に耐えかねて脱臼し、再び強引に整復される。

 身体能力は底上げされ、常人を越えているとは言っても元は人の身には変わりなく、苦痛は精神を苛む。灰吾自身にも限界が近付いているがわかった。

「おおおぉっ!」

それでも灰吾は攻撃をやめない。咆号と共に放たれた拳は防御に立てられた刀諸共砕くはずだった。だが…

「お前…だいぶ好き勝手やってくれたみてぇじゃねぇか…」

 その拳は一振りの刀によって止められた。それを操るのは顔の片側を卒塔婆によって隠した妖―茨木童子。
 
 この声の冷たさから相手の格を感じ取った灰吾は即座に行動を起こした。即ち一旦退却するのではなくさらなる攻撃を。

 ねじり込むように放たれた掌底打は茨木童子の脇腹を穿つ。

「ぐっ…」

 茨木童子は飛び退りながら刃を退くがその威力に顔を歪めた。

 灰吾は攻め続ける。こちらが無手である以上間合いを詰め、手数で勝負するしかない。

「人間風情が…調子に乗るなよ…」

 間合いを詰める灰吾に対し、茨木童子は真正面から迎え撃つ。

 刃が拳を弾き、掌底が剣腹を捉え、刃筋を逸らす。

 放たれる回し蹴りを飛び退くことでかわし、続く裏拳を両手で構えた刀で受ける。

「人でありながらこれほどの力を操るとはな…だがまだ力を隠してんだろが…。出し惜しみしてんじゃねぇぞ」

 一度間合いを離して茨木童子は二本目の刃を抜いた。

「フン…これが人間の扱える限界だ…俺は人間をやめる気はさらさらない」

 灰吾も改めて拳を構えなおす。

 今度は茨木童子から仕掛けた。二刀を携え、無造作に自分の間合いへと持ち込み、刃を振るう。

 灰吾は振るわれる一の刀を左手でいなし、二の刀を身を沈めてかわすと、そのまま足払いをかける。

 体勢を崩されることを嫌った茨木童子は足を捌いてそれを避ける。だが、それでも重心が揺らぐことは避けられない。

 灰吾は傾いだ茨木童子の脇腹に右手を突き入れる。茨木童子が踏ん張ろうとする力を利用し、そのまま投げを放った。

 だが…

 茨木童子は空中で体勢を立て直し、着地すると真正面から灰吾を睨みつける。

「人にしては楽しめたが…」

 そう言って茨木童子はうっそりと嗤った。そして周囲の空気が一変する。

「っ…!」

 その嗤いに灰吾は悪寒を抑えきれなかった。ただ相手が何かをしようとしていることはわかる。その前に…

 灰吾は身を固めて突貫する。小細工も何もなしの力士の当たりにも似た正面突撃。

「鬼太鼓《おんでこ》」

 茨木童子の刀が中空を薙いだ。そこに現れた光が爆ぜる。

「がぁっ!?」

 灼熱が灰吾を襲った。高電圧の雷撃は灰吾の神経を焼き尽くす。

 だが灰吾はそれでも止まらなかった。その身に受けた雷撃をそのままに茨木童子へと突進する。それを茨木童子は雷を纏った刃で受け止める。

「残念ながら…お前はここまでだ」

 拳を振り上げようとして灰吾は気付いた。既にその腕がなくなっていることに。上腕部の傷口は赤黒く爛れ、焼き切れたようになっている。

 無慈悲に振るわれる刃が一閃する。灰吾は飛び退って逃れようとするも雷撃にやられた身体はいうことを聞かない。

 そのまま右肩から左わき腹にかけてを切り裂かれた灰吾は柵を壊しながら舞台の下へと落下した。

「余興は終いか…。面白いものを見せてくれた情けじゃ。誰かとどめを刺してやれ」

 茨木童子が刃を収めたのを見て羽衣狐はつまらなさそうに呟いた。その言葉に従い、妖達は地に伏した灰吾の元へと向かう。

 羽衣狐が灰吾に背を向け、清永寺に入ろうとした瞬間。

ゴッ!

 膨大な呪力の奔流が、羽衣狐の百鬼の一角を呑みこんだ。

―――

「がっ…ぐぅ…」

 灰吾はその身を斬られ、舞台から叩き落とされながらもまだ意識を保っていた。

(これまでだな…)

 しかし、既に斬られた左腕には再生する兆しすらなく、落下の衝撃でもはや全身が動かない。

 それでも灰吾は己に唯一残された武器に手を伸ばした。

 周囲を囲む妖達は未だ警戒しているのかある程度の間合いを取って様子をうかがっている。その隙に灰吾は残された錠剤をその口に含んだ。

 その動きに焦ったのか囲む妖達が動いた。…だがそれは既に遅い。

 最初に灰吾が使用したのは二錠。それが人間の耐えられる限界であった。ではその三倍の量を使用すればどうなるか…

 灰吾はそれがわかっていながら口の中にある錠剤を噛み砕いた。

(くっ……これほどとは…)

 荒れ狂う呪力の奔流の中、灰吾は自らの身体が朽ちていくのを感じた。

(後は…頼むぞ…)

 灰吾は刹那の笑みを浮かべると、その存在は呪力へと呑まれ、欠片すら残さずに消えていった…

††††

―三日後―

「ゲホッ…ガハッ」

 第四の封印・西方願寺にて守護者たる布《ひさ》は、全身に裂傷を負い絶命した。

 清永寺戦の混乱が収束しておらず、対応に追われていた花開院家の隙をついた襲撃に布は為すすべもなく惨殺されてしまったのだ。

 守護者を失った封印は羽衣狐により突破され…

―――

(第四の結界が破れたか…)

 貴船に近い山中の修行場で竜二はその様子を見ていた。

「ゆら、昌彰、魔魅流。お前らの出番ももうすぐだ…」

††††

「おそるべし羽衣狐…」

 花開院本家の広間では分家の長老衆に残った守護者、そして本家の人間が集合していた。

 先程から議論となっているのは第三の封印の強化について。

 長老衆の中でも意見は割れ、まとまる気配すら見いだせていない。

「ふん…。これだから現場を離れた人間は…」

 第三の封印、鹿金寺の守護者である雅次は苛立ちを声に滲ませた。

「とても建設的な話し合いとは思えないな…」

 まだ灰吾の方が立派だよと雅次は呟く。自らの言葉通りに一人で羽衣狐を迎え撃ち、その百鬼の一部を道連れにしたのだから。

「そうそう。戦うのはボク達なんだから頭の固いおじいちゃんたちは引っ込んでてくれないかな〜」

 相剋寺の守護者、破戸は手の中で呪具である水晶を撫でながら笑みを浮かべる。

 その無邪気でありながら獰猛な笑みに長老たちは毒気を抜かれたような顔をした。

「そもそも守りに徹するということでは意味がない」

 そう言って二十七代目の後ろに控えていた秋房が進み出る。

 灰吾が言い残したようにこのままでは封印はいずれ破られる。ならば…

「灰吾がいくらか戦力を削いでくれた。まだ向こうも十分には補強できていないはず…」

攻勢にでるのは今しかない。
 
「待て秋房。万が一敗れたら残された封印はどうする?」

 二十七代目が秋房を諌める。残された封印の要たる秋房が倒されれば…

「大丈夫です二十七代目。私に策があります」

 そう言って秋房は薄く微笑みを浮かべた。

―――

「秋房さん!」

 分家総会が終了した後、昌彰は帰途につこうとした秋房を呼びとめた。

 秋房の策―それは第三の封印を囮として羽衣狐を分断して、捕縛し仕留める。トップを潰せば百鬼夜行は瓦解する。極めて効果的な策ではあるのだが…

「やはり三人だけでは…俺も…「ダメだ」…何故…」

 喰い下がろうとする昌彰を秋房は押しとどめる。

「キミとゆらは本家の最後の砦だ。今ここで出るべきではない」

 そう言って秋房は笑う。

「大丈夫だ昌彰。私を信じろ」

あとがき劇場

琥珀「ふぅ…なんとか更新できました」

昌彰「お疲れさん…と言いたいが…また随分かかったな?」

琥珀「地味に実習とかがあってるからね。さらに言えば…」

昌彰「そこから先は想像つくから言わなくていい。で? 今回の話だが…誰だあれは?」

琥珀「いや、前から予告はしてたでしょ? 出落ちのあの人が活躍するって」

昌彰「いやいや、あれは最早別人だろ!? 原作の面影がほとんどないよ」

琥珀「いや、あんまり原作のまんまだと面白くないし、なんか言われるかなぁっと思って」

昌彰「の割にはその次の布《ひさ》さんの扱いが酷過ぎだろ!? これこそ原作のまんまじゃないか!」

琥珀「いや、捏造しようにもネタがなさすぎるんだよ。どんな能力を使うのかすら開かされてないんじゃ作りようが…」

昌彰「逆に造り放題なんじゃないのか?」

琥珀「いや…こういうときやっぱり自分は理系だなって思う。0から作るのが苦手というかなんと言うか…」

昌彰「だから二次創作ってわけか…」

琥珀「まあ、その話は置いといて次は鹿金寺戦だね」

昌彰「今度はどうするんだ? また色々伸ばすのか?」

琥珀「一応ここも改変は入れるつもり。まああんまりだらだら書くつもりはないんだけど」

昌彰「そうなると次は…年末くらいか?」

琥珀「だね…って、いや。うん、それくらいになるかも。三単位科目が…」

昌彰「はぁ…毎度のことながらこのバカ作者は…そう言うわけで次回は中間明けです。それまで申し訳ありませんがお待ちいただけると幸いです」


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