ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第四十四夜 闇に染まる京都
―京都―
広大な敷地をぐるりと囲む築地塀《ついじべい》。観音開きの門にあしらわれたのは花。それが表わすのは花開院本家である証。
その門の前に立つ黒白の狩衣を纏った二人の人影。
「あのボケ兄貴…会ったら文句の一つでも言うたる…」
通用門をくぐりながらゆらは恨みを込めて呟いた。
「まだ根に持ってるのか…。竜二も軽い冗談のつもりだったんだろ。というか引っかかるか普通?」
昌彰は溜息混じりにそう言いながら毒づくゆらを連れだって縁側を進んでゆく。
「うっさいわ!」
そう叫ぶゆらの声に掃除をしていた御手伝いさん達が二人に気づいた。
「ゆら様に昌彰様? お戻りになられたのですか!?」
「御無沙汰しておりました。お爺様は今どこに?」
ゆらをなだめながら昌彰は祖父−秀元の所在を尋ねる。
「広間にいらっしゃるかと…先程義兄の皆様も到着されましたので」
「義兄上方が…」
スッと昌彰の目が細まる。その気配を察したゆらが昌彰の袖を掴んだ。
「(お兄ちゃん…)」
「……待たせると悪いので急ぎますね…」
昌彰はゆらにだけわかるほど小さく頷くと広間へと足を速めた。
―――
「相変わらず仲がよろしな」
ゆらと昌彰が見えなくなって一人がポツリと呟いた。
「やはりあのお二人が継ぐのじゃろうか?」
慶長の封印…十三代目の施した京の地脈を以て妖の侵入を排する結界。
今回昌彰達が呼び戻された原因。結界の守護を担う、秀爾と是人の死。
「あのお二人ならば…だが分家の後見人の方々が納得するじゃろうか…」
花開院は血を繋ぐために分家を本家へと縛り付けている。その分家の長老達は昌彰の存在をよく思っていないのだ。
―――
「失礼します」
「ゆらに昌彰、ただいま帰還いたしました」
下げていた頭を上げればそこにいるのは二十七代目だけではない。
「義兄様も…みなおそろいで…」
竜二と魔魅流を別にして六人、慶長の封印の守護者たちも集っている。
その視線がゆらと特に昌彰を射抜いた。
「おう、早かったなお前達」
柱に身体を預けていた竜二が身を起こす。
「二人ともよく聞け。これからお前らにはこの“慶長の封印”の代理として入閣してもらう」
「えっ…」
「っ…」
竜二の言葉にゆらは驚きの声を漏らし、昌彰は奥歯を噛みしめる。
「復活した羽衣狐の転生主を探し出し、総力を挙げて奴を滅する!」
竜二の口からでた羽衣狐という言葉に昌彰の背後で神気が零れる。
『(昌彰様…)』
(わかっている…。羽衣狐…)
先の転生から四百年…。過去幾度となく闇を跋扈し、刃を交えてきた相手。
そして…
(花開院に…そして…ゆらに…)
「(昌彰…)」
ゆらに囁かれて、昌彰は無意識に握りしめていた拳を解いた。
それと同時に零れ出ていた昌彰の霊力の放出も止む。
注視し、その圧力に身を強張らせていた義兄達も力を抜いた。
「ゆら、昌彰、来なさい」
部屋の奥で二十七代目が二人を呼ぶ。
その前に置かれているのは…蓋の外された二つの棺。
その中に収められているのは常人ならば目を背けるほど惨殺された二人の陰陽師の姿…
「………」
変わり果てた義兄達の姿にゆらは言葉を失う。
『殺され方がそれぞれ異なるか…』
棺の中の二人の骸を一瞥し、二人の後ろに顕現した勾陣が漏らした。
秀爾の方は両目を抉り取られ、是人は顔面を切り刻まれて右手の指も二本欠けている。
秀爾も是人も手練の陰陽師だ。それをあっさりと破った。
「四百年前に十三代目が安藤と協力して張った螺旋の封印の結界。そのうちに二つが破られた」
『龍脈の呪力も…歪むでしょうね…』
天后が無表情にそう呟く。
当時の安藤家当主、明浩はいずれこの地(京都)を離れることを予見し、龍脈の呪力を封印に利用したのだ。
螺旋を描いた封印に沿って、地を流れる呪力は天へと還ってゆく。
それが崩れたとなれば…
「これ以上の侵攻を許すわけにはいかん。ゆらに昌彰…やってくれるな」
―――
ガラガラガラガラ…
京都の北…かつて牛若と呼ばれた義経が修行したと言われる鞍馬の山の隣。
この国の中でも五指に入るほどの天津神を祀る社が存在する。
霊峰・貴船
その山へと繋がる道を今一台の車が疾駆していた。
といってもただの車では無い。周りに鬼火を灯し、牽く牛もいないのにただの車よりも速く走る牛車。
その姿は徒人には見えず、その車輪の立てる音も徒人には聞こえない。
それはまさしく妖車であった。しかしただの妖にあらず。
『昌彰殿、間もなく貴船の聖域に到着いたします』
「ありがとうございます飛車神(ひしゃのかみ)」
『なんの…車之輔とおよび下さい。あなた様はやつがれの御主人の末裔(すえ)。そう呼んで頂ける方がやつがれも嬉しゅうございます』
それに飛車神などと言う大仰な名は…と畏まる妖車に勾陣は変わらぬなと苦笑した。
この妖車、千年の昔、安藤の祖、安倍昌浩の最初の式にして共に都の闇を駆け抜けた妖である。
昌浩の死後、式の任を解かれ、ただの妖へと戻るはずだったのだが…
昌浩も祖父の晴明と違わず多くの逸話を残した。その中に出てくる空飛ぶ車の式として語り継がれた結果、いつの間にやら飛車神と言う名を与えられ、交通の安全を掌る土地神として祀り上げられていたのだった。
ちなみにその名が示すように土地神となって空を駆ける能力を得てはいるものの地面を駆ける方が性にあっているとしてほとんど飛んだことがない。
今も律儀に山道を駆けあがっている。山の空気は澄んでいて、市街地よりも涼しい。
神の住まう地である以上清浄な霊気に満ちている。その中で車之輔は静かに停車した。
「着いたんですか、ひ…車之輔さん」
『ええ…ここから先、やつがれは入れません。ここでお待ちしておりますのでどうぞお気をつけて』
奥宮へと至る手前で昌彰は車之輔から降りた。自らに暗視の術をかけ、暗闇の中一路奥宮を目指す。
奥宮境内に至ると昌彰はスッと瞑目し、二度柏手を打った。
「京都の北方守護を司る貴船の祭神、高神(たかおかみのかみ)よ。降りましませ…」
白銀の閃光−稲妻が上空で轟き、長大な龍神が一瞬その姿を晒した。
その輝きが消え去ると同時に境内にある船形岩に一人の女性が降り立つ。
漆黒の髪を風に遊ばせ、瑠璃の双眸が昌彰と勾陣を射抜いた。
「高神、遅ればせながら帰京の報告に参りました」
昌彰は片膝をついて低頭する。浮世絵町に行く際には何の報告も無しに飛び出して行ってしまったのだ。
ここで対応を誤ればどんな不興を買うかわかったものではない。
『久しいな、安倍の末裔。ただ無為に時を過ごしたわけではないようだ』
昌彰を一瞥して高神はその美貌に笑みを乗せる。だがついと街の光へと目を向けると表情を改めた。
『不在の間に何があったかは知っておろう。おぬしの先達達の成した結界。あれももう長くは持つまい。そのうえで何を願う安倍の末裔よ』
「っ…」
先手を打たれて昌彰は言葉を詰まらせる。
この神が無条件で助力をしてくれると期待していたわけではないがこうも鮮やかに見透かされ、斬り返されては言葉も出まい。
後ろに控える勾陣にしてもこの結果は予想の範疇であるのか、何も言わずに見ているだけである。
『(やはり似ているな…)』
黙する昌彰を見て高神は苦笑混じりにそう呟いた。
どこまでも素直でまっすぐなその心根はかつて彼女が面白いと目をかけた彼の祖と通ずるものがあった。
微かな笑みを漏らすと高神はその身を翻した。
『我が力が必要とあらば呼ぶがよい』
その言葉に昌彰は弾かれたように顔を上げた。
『声が届けば応えてやろう。我が……のよしみでな…』
―――
その夜
「あ…羽衣狐様。どうぞ…六番目ですけど陰陽師の“生き肝”です」
武を以て名を馳せ、幾多の妖に対峙した花開院の分家の一つ…
第六の封印、龍炎寺の守護者、豪羅が妖に討たれ、また一つ封印が解かれた。
あとがき
琥珀「夏を過ぎて初めての更新となります」
昌彰「ここ《あとがき》に出るのも随分と久しぶりな気がするな…」
琥珀「そうだね…にじファンの閉鎖に端を発した一連のごたごたの中まったく更新してなかったから」
昌彰「移転作業にかまけてほとんど何も書かなかったからな…」
琥珀「あう…ごめんなさい。一応移転作業は全部終わったし、若干の改定もやってたから…」
昌彰「まあ、そのへんはいい。いつもの事だ、それよりもこれからの事を書け」
琥珀「了解! とりあえず更新頻度は落ちます」
昌彰「おい!? 初っ端から何を…」
琥珀「いや、下宿にネット環境がないことは前に説明したよね?」
昌彰「ああ…だから携帯経由で更新していると…まさか…?」
琥珀「そのまさか。携帯の調子が悪かったので機種変したらパソコンからファイルが送れなくなりました〜」
昌彰「オイ作者!? 何やってんだ!?」
琥珀「自分がききたいよ。なんせ二時間かそこらで決めたんだもん。カタログ見ながら十分に検討するはずだったのに親は勝手にその場で決めにかかるわ。ショップの担当店員はコロコロ変わるわ、説明は不十分だわ、契約内容についても適当になりかけるわ、さらに言えば電話帳は移せないし…」
昌彰「わ、わかった。とにかく色々あったんだな?」
琥珀「うん…そのせいで学校のパソコンからくらいしか更新する手段がなくなりました…」
昌彰「やりにくいな…」
琥珀「まあ一人でやってるときについでに更新してしまえばいいんだけど…履歴とかが監視されてないかが気になる」
昌彰「うん…」
琥珀「まあなんの時は友人宅にパソコンごと持ってって更新するけどね!」
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