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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第四十二夜 未来へと続く
―大内裏・飛香舎―

「顕子様…」

風音は未だ目覚めない顕子の枕元に坐してそう呟いた。

顕子は似ている…かつて己が仕えた脩子に。

だから風音は理解できる。あの時に影の誘いへと応じた顕子の苦しみが。

『風音…』

思いつめたような表情を浮かべる風音に背後に控えている六合がたまらず声をかける。

「彩?《さいき》…」

それだけで微かに不安が薄れるのを感じて風音は顔を上げた。

蔀《しとみ》の隙間から漏れてくる明かりが間もなく夜明けだということを告げている。

その光が一瞬だけ遮られ、続けて蔀戸が開かれた。

「風音さん、六合、姫宮様の容体は?」

明浩が離れる間、帝の守護を任されていたはずの昌晴が顔を見せる。

「昌晴殿…主上《おかみ》の方の警護は?」

「天空と紅れ…騰蛇達に任せてきました。頭《かみ》もいますし大丈夫かと。主上も姫宮様の事を気にかけておられて、直接見てくるようにと…」

そう言って昌晴は風音の向かい側に腰を下ろした。

「…っ…ん…あれ…」

差した光が顔に当たったのか顕子が薄らと目を開けた。

「顕子様…お目ざめになられましたか?」

「風音? それに…」

風音とその向かいにいる昌晴に驚いたのか目を瞬かせた。

「えっ…あ…」

同様に昌晴も慌てた表情を見せる。明浩の後継と言われているものの今はまだ一介の陰陽生でしかないのだ。

当然まだ昇殿を許された身分ではないため本来なら内親王である顕子と顔を合わせることなど出来ない。

「顕子様、彼は明浩殿のご子息ですよ」

あたふたしている昌晴に風音は落ちつく様に視線を向けた後、顕子に昌晴の素性を伝える。

「明浩殿の…」

その間になんとか持ち直した昌晴はなんとか格好を取り繕って臣下の礼を取った。

「初に御目文字仕ります姫宮様。私は第十二代帝守護陰陽師安藤明浩の嫡子、昌晴と申します。先程よりのご無礼、姫宮様の寛大な御心をもってお許しいただきたく」

「知ってる…」

「は?」

頭を下げる昌晴に顕子はポツリと呟いた。

「あの時、戦ってくれてた…」

顕子は呟く。あの影に呼ばれて外に出た時、あの時にも微かに意識があったのだと。

「だから…守ってくれて…ありがとう…」

顕子は微笑む。それは母を失って、日々塞ぎがちだった顕子が久しぶりに見せた心からの笑顔だった。

††††

―数ヶ月後?―

西陣―花開院本家

是光は自室で黙々と書に筆を走らせた。

淀君の死は隠蔽されたが主を失った妖が大量に離脱し、二度の大阪城攻めに豊臣家は滅亡した。

一区切り終わって息をついた是光は気付いた。いやに広間が騒がしいことに。

「なんだ…」

襖を開けた是光の目に飛び込んできた物。

「な!?」

それは幾多の魍魎達が乱痴気騒ぎを繰り広げている光景であった。

「ここは花開院本家だぞ!? なんで妖が…」

そこまで叫んで是光は気付いた。小さな二つの影―秀元の式がいることに。

「貴様の仕業か秀元ー!!」

是光の絶叫は広間の喧騒に呑まれて月夜に響くことはなかった。

―――

月の光が照らす縁側に三人の男が座していた。

直衣を纏った二人の男―明浩と秀元は盤を挟んで碁を打っていた。

その脇には一本の瓶子が置いてあり、三つの朱塗りの盃がその周りを囲んでいる。

「これは勝負あったな…」

着流しを纏った男―ぬらりひょんは盤面を覗き込みながらそう言った。

既に盤は埋まっており、互いの地を整理したところだが、僅差で黒の陣地が多い。

「今回はボクの負けか…」

白の碁石を弄っていた秀元はそう言って自分の盃を呷った。

「さすがに少し強引だったな…」

明浩も自分の盃を手に取り、口をつける。

しばらく三者は静かに盃を空けるのに終始した。

「君と会うたんもこんな月のキレイな夜やったな…」

秀元は東の空の端に浮かぶ月を見ながらそう言った。

「まさか入った家に陰陽師に二大頭領がいるとは思わなかったぜ…」

ぬらりひょんは月を見上げながら口の端に笑みを浮かべた。

「俺も我が目を疑ったよ。まさか陰陽師の家にあそこまで堂々と入ってくる妖がいるとはな…」

そう言って明浩も苦笑を漏らした。

「フフ…君みたいな骨の折れる妖は初めてやった…。江戸に帰るなら…助かるわ」

「ワシャあー女狐と違ってこの地に興味はない。魑魅魍魎の主になったら江戸にもどるだけじゃ」

そう言ってぬらりひょんは盃を呷る。

「あの狐…復活したら再び京を狙うだろうな…」

明浩は盃に映り込んだ月を見ながら呟いた。

この国で最も貴き地であり、幾多の血が流れた場所。

天にも黄泉にも近く、かつて幾度も奴が打ち倒された場所…

「試そうと思うとる術があるんや…成功すれば“強力な結界”になる」

四百年は妖は好き勝手出来ないやろうな…秀元はそう呟いた。

「四百年か…これからこの国の中心は東へ動くだろう…」

豊臣は敗れ、覇権は江戸の徳川に移った。これから世の中心は江戸になる。

それは徳川の世が終わっても変わらぬだろう。

「まあ、ボクらには関係のない話やけどな…」

そう言って秀元はカラカラと笑った。

「人の寿命は精々八十年。おぬしらとはもうこれっきりじゃな」

そう呟いてぬらりひょんは瓶子を差し出した。

「俺はこれから人と交わる。陰陽師たちと酒を酌み交わすのも一興…飲め」

「クッハハハッ…本当に面白い奴だなお前は…」

「ホンマや。まさか天下一の妖になるとはな…」

明浩も秀元も思わず笑いを漏らし、盃を手に取った。

(いずれ帝も俺ら安藤も動くだろう…その時はまた…)

そう思いながら明浩はぬらりひょんと酒を酌み交わす。

「その刀…いつかそいつを持ってるだけで魑魅魍魎の主になれると噂になるやろう」

注がれた酒を一息に飲み干して秀元はそう切り出した。

「まさか羽衣狐とぬらりひょん、二代の主を斬った刀になるなんて…」

製作者冥利に尽きるでと秀元は笑う。

「魑魅魍魎の主に…相応しい刀じゃねえか」

それに対してぬらりひょんもニヤリと口の端を持ち上げると立ち上がった。

むかう先は広間、己の百鬼と共に歩む伴侶の待つ場所。

「おお! 総大将」「いやさ天下人よ!!」「妖様―!」

口々に喝采を上げて迎える百鬼。

ぬらりひょんは駆けよってくる珱姫を抱きとめ、見得を切った。

「いくぜてめぇら!! 京はしめぇだ! ワシの背中に並んで…ついて来い!!」

††††

この妖ぬらりひょん…彼を中心として妖の世界は動く。

全国制覇するのはまた別の話…

―――

やがて人と交わり…子を成し…

その子が「孫」を成し…

ぬらりひょんの孫は再び二人の陰陽師と共に妖世界の運命を廻す…



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