[携帯モード] [URL送信]

ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第三十八夜 変わりゆく闇
††††

尾の槍に貫かれて血肉が舞った。

「妖様ー!!」

「おっと、だめじゃ。能力は知っておるぞ…」

そういうのはつまらんと羽衣狐は珱姫を捕らえた腕に力を込める。

「妖様!」

涙を浮かべ、珱姫は叫ぶ。何故ここまでするのかと。

「珱姫…お主…男を知らんな」

羽衣狐は嘲笑《わら》う。最初で最後の男があのようなバカで愚直でと。

「珱姫…」

ぬらりひょんは珱姫に問う。今の自分はどのように見えるのか…。

「やはりそいつが言うように…バカに映るか?」

珱姫は無言で首を振り、否定の意を示す。

「あんたのことを考えるとな…心が綻ぶんじゃ…」

口の端に血を滲ませながらもぬらりひょんは微笑む。

「例えるなら『桜』…」

美しく、清らかで、儚げで…見る者の心を和らげる…。

「あんたがそばにおるだけで、きっとワシのまわりは華やぐ…。そんな未来が…見えるんじゃ」

ぬらりひょんはそう言って刃を携え、立ち上がる。

「あんたに溺れて見失うとこじゃった…」

その言葉とともにぬらりひょんの周囲に満ちる空気が変わった。

「そろそろ返してもらうぞ。羽衣狐…」

その身に纏うは百鬼を従える深淵の闇…

「ここからが闇…妖本来の戦じゃ」

羽衣狐は驚愕に目を見開いた。

目の前にいるはずの敵《ぬらりひょん》の姿が捉えられない。

その動揺は羽衣狐の動きを遅くしていた。

ぬらりひょんは刀を振りかぶり、一息で羽衣狐へと間合いを詰める。

辛うじてそれに反応して羽衣狐の放った尾はぬらりひょんの持つ刀を叩弾き飛ばした。

宙を舞う刀を見て、羽衣狐は勝利を確信する。

だが、そこで羽衣狐は気付いた。ぬらりひょんの左手に逆手に握られた一振りの護身刀に。

「同じことを!!」

羽衣狐は迎撃すべく再び尾を操る。だが…

(何!?)

羽衣狐は今度こそ愕然となった。幾度となく刃を防ぎ、敵を貫いてきた尾が。まるで藁苞を斬るかのように両断されたのだから。

尾を切り裂いた刃はそのまま上に振り抜かれ、羽衣狐の相貌へと届いた。

「ガッ…ハ…」

傷の痛みに苦悶の呻きを漏らす羽衣狐。

一瞬遅れて、貌《かお》につけられた傷から妖気が噴き上がった。

「ま、待て! どこへ行く!?」

今まで蓄えていたであろう膨大な妖気が天井を突き破り、天へと還っていく。

「戻りゃああぁ!! 何年かけて集めたと思うとるぅー!!」

たまらずに羽衣狐はその妖気を追いかける。

「珱姫ー!」

それには一瞥もくれず、ぬらりひょんは珱姫の名を呼ぶ。

「総大将!! ここはオレ達にまかせろ!!」

牛鬼が珱姫を護りながら叫ぶ。

「あんたはあいつを追え!! とどめを刺しにいけ!!」

「牛鬼…まかせたぞ!!」

その言葉を受けてぬらりひょんは羽衣狐を追うために天井の穴へと飛びあがった。

「待て!!」「行かせんぞ!!」

鬼童丸、しょうけらが追いすがろうとするが…

「おっと…あんたらの相手はオレ達だぜ?」

一つ目以下奴良組の百鬼夜行がその前に立ち塞がった。

―――

「随分と派手にやっとるみたいやな…」

大阪城の城下に入ろうかという辺りで秀元がポツリと呟いた。

暗雲が垂れこめているためわからないが、間もなく夜も明けようかという時刻。

それにも関わらず城下は濃密な妖気に満ちていた。

先程の膨大な妖気の奔流といい、百鬼夜行同士の戦も動きがあったのか…

「どうやらお出ましのようだな…」

天守閣の上に現れるは二人の百鬼夜行を率いる者。

「秀元」

「了解や」

明浩の呼びかけに秀元は牛車を出て、己の式神に飛び乗った。

「兄さんはここで見といてや。後の子孫たちに伝えるためにもな」

―――

「っ!!」

左胸を貫かれ、ぬらりひょんはたまらず膝を折った。

「とどめを刺せるとおもうたか?」

天守閣の一端、鯱《しゃちほこ》の上で羽衣狐は凄絶に嗤った。

血に塗れた貌を歪ませ、奪い取った心の臓を喰らう。

「これで幾許かの力が戻るとは思わん…お主の肝ごときでは…」

白き尾が、未だ立ち上がれずにいるぬらりひょんへと殺到する。

「こんな余興は終いじゃ!!」

追い詰める羽衣狐。追い詰められたぬらりひょん。

「『式神 破軍』」

その両者の耳に一つの声が届いた。

「秀元…?」

「『十二人の先神よ…百鬼を退け、凶災を祓わん』」

それは先代当主達を呼び寄せる召喚式神、破軍。

「『東海の神、名は阿明、西海の神、名は祝良…』」

秀元の呪文が紡がれるごとに羽衣狐を取り囲んだ十二体の式神から呪力の鎖が放たれ、羽衣狐を拘束する。

「おのれぇ!!」

身動きを封じられた羽衣狐は鎖を振り解こうと妖気を爆発させる。

蓄えた妖気はぬらりひょんによって失い、自身が放つ妖気も徐々に奪われつつあるがその残存量は未だに膨大。

「『祓いたまい、清めたまう…』」

だが新たに紡がれた神咒にその妖気は四散した。

(何っ!?)

そこで羽衣狐は気付く。秀元の後ろに浮かぶもう一人の人影に。

「『はらいたまい、清めたまう。いわまくもあやにかしこきはらえどおおかみのおおみいずをこいのみまつり、すべてのまがごとけがれをはらいのぞかむと…』」

十二の破軍を囲むように四体の式神が顕現していた。

すなわち、北に玄武、東に青龍、南に朱雀、西に白虎。四神相応の陣。

それによって増幅された明浩の祓えは羽衣狐の妖力を極限まで削りとる。

「安藤の…」

もう一人の陰陽師の姿を認めてぬらりひょんは意外そうに顔をしかめた。

「貴様ら…!どこまでも妾の邪魔をするか!」

「さ、準備は整ったで。ぬらちゃんええとこ持っていき」

羽衣狐の怒りの咆哮を無視して、刀印を結んだまま飄々と秀元が言う。

「ちっ…お前らに貸し作ることになんのかよ…」

舌打ちと共にぬらりひょんは立ち上がった。

ぬらりひょんは気付いていないようだが、秀元も明浩も刀印を結んだ手が小刻みに震えている。それほどの膨大な妖気。

「ま、待たんか!」

羽衣狐の身体はその叫び諸共に両断された。

絶命した淀殿(依り代)の身体から羽衣狐の霊体が顕れる。

「おぬしら…絶対に赦さんぞ…」

それと同時に今までの羽衣狐の物とは異質な妖気が膨れ上がった。だがそれはほんの一瞬で消え失せる。

「!?」

明浩は身体の奥底で何かが蠢いたような気がして拳を握りしめた。

「おぬしらの血筋を未来永劫呪うてやる…末代に至るまで…おぬしらの子は孫は!! この狐の呪いに縛られるであろう!!」

あらん限りの呪詛の念をぶちまけ、羽衣狐は逃走に転じる。

『明浩…』

「追うだけ無駄だ…」

白虎は明浩に追うか否かを問うが、その答えは聞くまでもなかった。既にその姿はおろか、あれほど膨大だった妖気の残滓さえも感じられない。

「しかしまさか本当に倒すとはな…これで君が魑魅魍魎の主や」

秀元は下を見下ろしてぬらりひょんにそう言った。地上では淀君の死体が発見され、かなりの騒ぎになっている。天守閣の上に気を向ける者などおるまい。

「君は魑魅魍魎の主になって何がしたい?」

秀元はぬらりひょんへとと問う。

「徳川の世は明るいで…今よりももっとな」

闇は確実に薄くなる、妖の生きにくい世の中になるという秀元の言葉を聞いてぬらりひょんは大きく息を吐き出した。

「薄れゆく闇…んなことたぁわかってる。だからワシは消えゆくかもしれん…そいつらのために主となるんじゃ」

「妖を“護る”ため…か? 人の行いを認め、妖の世界も守る。“共生”やな…」

それはムズイでと呟きながら秀元はチラリと明浩に視線を向けた。

「そうでもないさ。総大将《ワシ》が無敵になりゃあいいんだからな」

そう言ってぬらりひょんは笑みを浮かべた。

―――

ぬらりひょんと秀元の問答を明浩はただ黙って聞いていた。

人と妖の共生…安藤家は祖となった昌浩の代よりその考えを持っていた。

人間は彼らと共存していける。彼らが人間の領域に踏み込まず、脅かさずにいれば。そして人も妖の領域に踏み込まなければ、昼と夜とを分け合って穏やかに暮らしていけばいい。

安藤家が無害な妖を滅さないのもその考えに基づいての事だ。

だが、時代は動く。世に光が満ち、闇が薄れる中、ぬらりひょんはそれを守るという。

朝の陽ざしに包まれて抱き合うぬらりひょんと珱姫に、明浩と十二神将は微かに笑みを浮かべていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!