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ぬらりひょんの孫 〜天狐の血を継ぐ陰陽師〜
第三夜 露見と邂逅〜陰陽師と魑魅魍魎の主〜
ギィィィ

バァァ…ン

 いかにもな音をたてて両開きのドアが開いた。

「で、ゆら。一体何があるんだ?」

 さりげなく後ろの方を歩きながら昌彰はゆらに問いかける。

「『友人の怪奇蒐集マニアから買い付けた呪いの人形と日記がある』てゆうてたけど…」

 そう言いながらゆらはぐるりと辺りを見回す。

「これだけ集めて全部それっぽいだけで本物が一つもないのがすごいな」

 展示ケースや棚の一角を占領して置かれているのは確かにオカルト関連の品物ばかりだ。

 だが、それら全てが霊性の欠片もない偽造品ばかりなのである…

「ある意味才能かも知れへんね」

 来る途中に如何に妖怪に対して執着しているかを聞かされ続けていたが故に、清継がそれなりに哀れに思えてくるゆらと昌彰である。

「さてこれがその問題の日本人形なんだが…」

 少し離れたところに置かれていた日本人形に全員の視線が集まる。

「…これは、当たりかな?」

 今までの偽造品とは違い、確かに妖力を持っている。とはいっても微々たるもの、害をなすほどの力を持たないなりかけだ。

「本当に呪いの人形なん?」

 ゆらもそれを感じ取ったのか清継に質問している。

「信憑性は高いと思う。一緒に持ち主の日記がある」

「日記?」

「読んでみよう」

 そう言って清継はその日記を取り出した。

(日記か…嫌な感じがするな)

 昌彰はさりげなく袖に仕込んである霊符を探った。

「二月二十二日…引っ越しまであと七日。昨日、これを機会に祖母からもらった日本人形を捨てることに決めた…」

 清継が日記を読みあげていく。

(なりかけとはいえ付喪神を…これだから現代人は…)

 昌彰は心の中で苦い顔をした。こいつくらいでは祟りとまではいかないが、体調を崩すほどの呪いにはなるだろう。

「雨が降っていたが思い切って捨てた…」

 そこまで清継が読み上げた時、昌彰の背後から何かが駆けだした。

「うぉっ?!」

 昌彰は突き飛ばされそうになりながらも辛うじて避ける。

「すると今日、なぜか捨てたはずの人形が…」

 その言葉が終らぬうちにリクオは人形にダイブしていた。

「どーしたー!! リクオー!」

 その素っ頓狂な行動に島が驚いて叫ぶ。

(今微かに妖気が…)

 昌彰はリクオが飛び出した一瞬前に今までは感じなかった妖気を感じ取っていた。

「ったく、名誉会員から外してしまうよ…まあいい、次だ」

 昌彰がその気配を確実に掴む前に清継は日記の続きを読み始める。

「二月二十四日、彼氏に言って遠くの山に捨ててきてもらった…」

(まただ。微かだけど妖気が…)

「(お兄ちゃんこれって…)」

 ゆらが傍によって囁いてきた。

「(ああ、結構ヤバい類かもしれない…)」

 そう言っている間にも清継は日記を読みあげていく。それと同時にほんのわずかだった妖気が徐々に濃密さをましてきた。

「(若…これ…)」

「(ああ…まずいぞ…)」

 昌彰からは人形の真正面にリクオと氷麗がいて直接見ることができない。

 それでも漏れ聞こえてくる二人の会話から確実に何かが起きていることがわかった。

(なんでこんな急に…まさか…)

「二月二十八日 引っ越し前日 おかしい…仕舞っておいたはずの箱が開いている…」

「(まさか…!)清継! 日記を…「読むのを止めてぇ―――!!」

 思い当って清継を止めようとする昌彰の声にリクオの絶叫が被った。

 その背後には小さな刀を振りかぶり、憤怒の形相を浮かべたあの日本人形がいた。

「…! ゆら!」

 無言で頷いたゆらは財布から人型の呪符を取り出し、人形に向けて放った。

ゴッ

 爆音と爆風が吹き荒れる。

「浮世絵町…やはりおった」

 皆がそれに驚いているところでゆらが呪符を構え、静かに宣告する。

「陰陽師 花開院家の名において…妖怪よ、あなたをこの世から…滅します!!」




「…お…陰陽師だって?! け…花開院さん?! 今…確かに…」

 清継が詰まりながらも何とか事実を確認する。

 ゆらは無造作に頷いた。

「じゃ、じゃあ…今のこいつは…」

シャァアア

 ゆらの霊符に囚われた人形が蛇のような威嚇音をあげる。

「うわっ?!」「やっぱり妖怪なんだ!?」

 島とカナが慌てて人形の傍から離れる。

「ええ、本当に危ないとこでした」

(もっとも責任の大半は無造作に日記を読みあげ続けた清継にあるといってもいいがな…)

 昌彰がちらりと清継に視線を向けると…

「ほ…」「ほ?」

 一音だけ発して固まる清継に皆の視線が集中する。

「本当だったんだ!!! い…いたんだ!! 陰陽師…ということは…妖怪も…!!」

 …何故か感激に打ち震えていた。

「うぉぉ素晴らしい!」とか「ボクの持論は間違っていなかった!!」とか叫んでいるが、傍から見たらただの危ない人だ…

(それから…)

 先程の妖気を感じた時から感じた行動の違和感。昌彰はその大本であるリクオに視線を向けた。

「(若…逃げましょう…一刻も早く…)」

「(雪女?…しっかりー!!)」

隣にいる氷麗は顔が完全に青ざめていた。唇にはチアノーゼが出ている。

「私は…京都で妖怪退治を生業とする陰陽師、花開院家の末裔…」

 ゆらが説明を続ける。妖怪の主が住むという言葉が出たところでリクオと氷麗がギクゥッと硬直した。

「青龍…一応確認したいんだが…」

 昌彰が呼びかけると青龍は昌彰にだけ見える程度に顕現した。

『間違いなく妖だな…もっとも男の方は半分以上人間のようだが…』

「半分以上?…それって…『ぼんやりしてると足元をすくわれるぞ?』…え?」

 青龍はその言葉を最後に隠形した。

 昌彰が急いで人形の方を見てみると、人形は霊符の拘束を解き、暴れようとしていた。

「ガアアァァ」

「チィッ!」

 昌彰は舌打ちした。ゆらでは間に合わない…なら…。拳から人差し指と中指を伸ばし、刀印を組んだ。

 人形の正面に立ちはだかり、空中に力ある五芒星を描く。

「『禁!』」

「グギャァァ?!」

 不可視の障壁が飛びかかって来る人形の動きを止めた。

「『必神火帝、万魔拱服』!」

ゴァッ!

 強烈な爆音が轟き、魔を滅する焔が人形を包み込み、灰すら残さず焼き尽くす。

「油断したな、ゆら。雑魚とはいえ、止めを刺さずに敵に背を向けるな」

 昌彰自身も青龍からの忠告で気付いた訳だが…余計なことは口に出さない。

「お兄ちゃん…」

「「「「「え?え…えええぇっ??!!!」」」」」

 ゆらと昌彰を除く五人の絶叫が資料室に響き渡った。

「皆に改めて名乗ろう。俺の名は花開院昌彰。ゆらと同じ陰陽師でゆらの義理の兄…そして…」

「私の許嫁や」

 昌彰が一瞬言うべきか躊躇った瞬間、ゆらが続きを口にしていた。

「「「「「はい?」」」」」

 今度は五人の時間が止まった。

 特にリクオと氷麗の反応が見物だった。

(まあ、そうなるわな…いきなり陰陽師が出てきたかと思えばもう一人陰陽師が登場…しかも兄で婚約者)

 前の学校では突っ込みに徹していた昌彰でもどこから突っ込むべきか判断に迷うところである。

「安藤は俺の旧姓。今は花開院家に養子に入っている…下手に花開院の名を出すと強硬派の妖が狙ってくるから一応名を伏せておいた、それだけだ」

 ぽかんとしていた清継他四名だが、どうにか気を取り直したようだ。

「…で、いつまでゆらの手を握ってるんだ。清継?」

 さっきまで清十字怪奇探偵団本格始動だとかどうこうやっている時に掴んでいた手を清継はまだ放していなかった。

「はっ?! いえ、忘れてました。他意はありません!」

 これが、昌彰が清十字怪奇探偵団の力関係の頂点に立った瞬間だった。





††††

 その後、清継はゆらと昌彰を質問攻めにしていたが、昌彰が帰って夕飯の支度をしなければならないと言って、今日のところは解散と相成った。

 清継は二人を夕食に招待しようとまで言ったが、昌彰は清継の人格形成によろしくないと思ったので断った。

「ゆら、今日は先に帰ってろ」

「え? なんで? 買い物いくんやろ?」

ゆらは怪訝そうな視線を昌彰に向けた。

「家計は俺が預かる。さっきの縛魔術が破られたのは、呪符とレシートが混ざってたからだろ?」

「う…」

 ゆらの術がその辺の付喪神のなりかけごときに破られるはずがない。昌彰が不審に思って調べてみれば、人形に張りつかずに落ちている数枚のレシートがあった。

「普通、財布に呪符を仕舞うか?」

 しかもレシートに混ぜて…と続ける昌彰にゆらは顔を赤くして反論した。

「し、しゃあないやん。この財布は魔除けの効果もあんねん。そうそう変えられへんのや」

 ただの悪趣味な財布では無かったわけである。

「なら今度、ましな呪符入れを作ってやるから。それまでは家計を俺に任せろ。いいな?」

「…うん、それなら…」

 ゆらはさらに顔を赤くして、頷いた。

††††

 そんなやり取りを経て、今昌彰は一人で行動していた。

 視線の先にいるのはカナとリクオ、氷麗である。

「それより次の日曜日、忘れちゃダメよ!」

 じゃあね〜、と言ってカナがリクオ達と別れた。

「若〜、大丈夫なんですか? 日曜日…清十字怪奇探偵団は奴良組本家に集合って!!」

「大丈夫だよ…たぶん…」

「奴良君、及川さん…だったかな」

 昌彰はそう話している二人に背後から話しかけた。別に意図したわけではないが…

「「!!!」」

背後から聞こえたその声にリクオと氷麗は凍りついた。

(この声、さっきの…)

(若、ここは私が…)

(だめだって、さっきの焔を出されたら…)

(それは…)

 こそこそと囁きかわす二人に昌彰はできる限り柔らかく話しかけた。

「あ〜、そんなに硬くならんでくれるとありがたいんやけど…」

「え、あ、すみません…」

「それで、何の用ですか…え〜っと…」

 氷麗がリクオを庇うように前に出た。

「好きなように呼んでくれていいよ、及川さん。それとも雪女って呼んだ方がいいかな?」

「っ!!…陰陽師…あなた…!!」

 氷麗の瞳には先程までの怯えた様子は見受けられない。

 リクオを護るためなら今ここで戦うことも辞さない構えだ。

「ちょっと待って氷麗! 安藤さんも!…ここじゃなんですから場所を変えましょう」

リクオが間に割って入る事によって一触即発の空気は四散した。

「そうだな。夕方とはいえ人目は多い」

「…若、それと陰陽師もこっちへ」

 昌彰が同意すると氷麗は二人を近くにある公園にまで連れて行った。

 すぐ近くに神社があり、そこも奴良組傘下の土地神がいる。

「…で、何の用ですか?陰陽師」

 氷麗は未だに臨戦態勢だ。相当雪女と呼ばれたのが気に食わなかったらしい。

「まず最初に確認しておきたい…君達は妖だね…?」

 昌彰は一角に設置してあるベンチに座っていた。

「そうだと答えたなら滅しますか?」

 昌彰の単刀直入な質問に氷麗がそう問い返す。

「そう言うということは認めるということだね…次の質問だ。君達は人に害を為す気があるかい?」

「…ボクは…」「…どういう意味です?」

 リクオと氷麗には昌彰の意図が読めなかった。

「言葉通りの意味だが?」

「妖怪を“滅する”のが陰陽師の仕事じゃないんですか?」

氷麗は理解できないというように昌彰を睨みつける。

「それは花開院の考え方や。“うち”の元々の仕事は帝に害為す敵を排除すること。敵意のないやつは放っておく」

 昌彰は薄く笑みを浮かべて、氷麗の視線を受け流した。

「うちって…どういうことですか?」

 昌彰の言葉を聞いて、リクオが前に出てくる。

(若、危ないですって!)

「俺の父親は安倍家直系、帝守護陰陽師、安藤昌樹。帝を護る盾であり、剣でもある安藤家の人間や」

 花開院と対となるもう一つの陰陽師。それが安藤家。

 帝に害為す敵を排除するために存在する、それ故に敵を増やさぬよう害意のないものまでは討ち滅ぼさない。さらに言えば利用できるものは利用する…妖であろうと。

「やから、妖怪やゆうていきなり滅したりはせぇへん。安心しい」

「…そうですか」

 明らかに安堵の息を吐きながらリクオは応えた。

「もっとも…人に、ゆらに害を為そうというのなら躊躇いなく討つ。それだけは覚えておいてくれ」

 先程までの柔和な雰囲気は一掃され、冴え冴えとした圧倒的な霊力の奔流が巻き起こった。

「若!」「ん?」

 公園の入り口から新たな声が聞こえた。

「てんめぇ! 若に何しとんじゃ〜っ!!!」

 怒鳴りつけながら青田坊は昌彰へと拳を振り上げた。

「あ、青! 落ちつい…」

 リクオが止めようと声を発するがそれは最後まで言うことができなかった。

「…てめぇ…「下手に動かない方がいい。腕が折れるぞ…」っく…」

 昌彰はまさに神速に等しい青田坊の拳を受け流し、手首を掴んでねじりながら引き倒して地面に抑え込んだ。

「安藤さん! 彼を、青を放してください…」

「…」

 昌彰は無言で青田坊の拘束を解いた。青田坊は右肩をさすりながら昌彰を睨む。

「大丈夫、青?」

「若、すみません。しかし…あいつは?」

 駆け寄って来るリクオに青田坊はまだ昌彰の方を睨みながら訊いた。

「安藤昌彰。陰陽師だよ、青?でいいのか?」

「誰が青じゃ!?我が名は青田坊!かつて千人の武士を屠った破戒僧よ!」

 青田坊は陰陽師と名乗った昌彰に怯むことなく名乗りを上げた。

「(元人間か…それにしては人間に対しての怨嗟や恨みが見受けられない…)…そうか、覚えておこう」

 昌彰は睨む青田坊の視線を軽く受け流した。

「…昌彰…さん。さっきの質問に答えます…青も氷麗も聞いてほしい…」

「若?」

 リクオの静かな声音に氷麗も駆け寄って来た。

「昌彰…確かに俺は四分の三は人間だ…だから…好き好んで人に害をなすような真似はしねぇし……させるつもりもありません」

(夜…妖怪の血が活性化したのか?)

 既に日は落ち、周囲は闇に染まっていた。公園の街灯が頼りなく輝く。

「若?! それは…「それは君に流れる血にかけてかな?」

 氷麗が声をあげるが昌彰はそれを遮る。

「ああ、ボクの祖父 ぬらりひょんの血にかけて誓おう」

 そう言うリクオの姿は髪が白くなり、瞳は緋色に染まっていた。

「若!? そのお姿は…」

「それと…」

 リクオはそこで一旦言葉を切った。

「? どうした、奴良」

「ボクの事はリクオと呼んでいい…俺も昌彰と呼ばせてもらう」

 青田坊と氷麗は驚いた。このような状態は見たことが無い。まるで普段のリクオと覚醒したリクオが混ざり合っているようだ。

「いいだろう。リクオ、その誓い確かに聞いた…」

 昌彰はどこか嬉しそうに微笑む。

「それじゃ、これで失礼させてもらおう…ゆらも待ってるだろうしな」

 そう言って昌彰は踵を返した。

「昌彰! この事は…」

 リクオの言葉に昌彰は足をとめた。

「ゆらには言うつもりはない…それでいいか?」

「ああ…じゃあな、昌彰」

「じゃあな、リクオ」


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